異伝人物名鑑

「幕末人物を何人キャラデザ出来るか!?」という自己課題で書いた記事を加筆修正していくものです。
今のところ読んだ資料とフィクション作品を参考にした、独断と偏見による個人的考察です。

【新選組】

近藤 勇

こんどう いさみ まさよし

言わずと知れた新選組局長。人を引き付ける天性の人柄の持ち主。剣の腕はもちろん、戦場での気迫には誰もが圧倒される。個人的には本番に強いタイプと見ており、一軍の将に相応しい人物である。ただ悲しいかな、武士という身分や理想像にこだわるあまり、現代で言う「学歴コンプレックス」がどこか感じられる。京都時代においては勇は学問をもてはやし、歳三はこれを嫌った。どうせ正式な武士ではないのだから、その武士階級が駄目にした(※一概には言えないが)日本を自分達にしか出来ないやり方で直そうとしても良かったのでは…と、つい思ってしまう。せっかく有能で個性溢れる人材を率いながら、惜しい気がしてならない。


土方 歳三

ひじかた としぞう よしとよ

二枚目な外見とは裏腹にかなりの硬派。でもシャイで意地っ張り。勇を立てて隊を取り仕切るも、ちょっとやり方が厳しすぎたようで「鬼副長」と恐れられてしまう。山南さんとは対立が絶えないが、時々意見があう時もある様子。個人的には、鳥羽伏見以降の「軍師」として急成長していく歳三が好きだったりする。函館では「赤子が母を慕う」ように、兵士たちから信頼されていたとか。小説「燃えよ剣」では総司と兄弟のように書かれてるが、ここでは勇や源さんを交えた家族のようなイメージがある。実際ある意味、家族なのだが。


沖田 総司

おきた そうじ かねよし

夭折の天才剣士。しかし美形というイメージは無く「いつも笑って冗談ばかり言う」やんちゃっ子と捉えてる。彼なら何を言っても嫌味にならなかっただろう。ヒラメ顔でも浅黒くても全然OK。(何が)だが、それ故にどうしても彼が平助や一さんより年上に見えない。いや、この場合は一さんが年少メンバーに見えないと言うべきか…。剣の腕は言わずもがな。一度勝負が始まれば陽気な人格は一転、鬼のように確実に相手を打ち倒す。そんな総司像のせいか、これまた労咳による喀血や病弱のイメージはほとんど無し。戦線離脱した後もその明るさで自分自身を支え、勇たちに付いて行けなかった悔しさをかき消そうとしたのかもしれない…と、勝手に想像している。


山南 敬助

やままなみ けいすけ とものぶ

どうも「さん」付けで呼ばずにいられない。(笑)文武両道で性格は温厚、だが理不尽な事には毅然と反対するという、完全無欠に見えて実は熱い心の持ち主。歳三が「鬼の副長」なら、山南さんは「仏の副長」といったところ。だが、知識が多い人は悩みも多いとはよく言ったもので、山南さんも例に漏れず隊の方針などで随分苦悩したと思われる。歳三と並ぶ副長だったが、後に総長という何の権限もない窓際に追いやられてしまう。その上、平助がスカウトして来た甲子太郎に頭脳労働担当の役どころまで取られる形に。特に平助が同門の甲子太郎を新選組を変える為に引っ張ってきた結果、これまた同門の山南さんが居場所を失ってしまったのは何だか皮肉である。


永倉 新八

ながくら しんぱち のりゆき

大河では大柄で老け顔(ゴメン八っつぁん…)な頼もしい新八さんだが、ここでは小柄で童顔。左之助や魁さんと変化をつける為にこっちを採用。しかし、いずれにしても年相応に見られない傾向があるようだ。(笑)自分の役目はきっちり勤めつつも、マイペースに好きなことをしている飄々としたイメージ。ただ、隊内のポジションがニュートラルすぎて性格がイマイチつかみづらかった。案外、派閥がどうとか誰が正しいとかにこだわらず、その時その時のベストを尽くそうとしていただけかもしれない。最初は彼が新選組の語り部となれた事に意外性を感じた。が、消去法で残るのはやっぱり新八さんだけだったというさらなる意外性に驚いた。(笑)


斎藤 一

さいとう はじめ

謎多き隊士で「クール」を絵に描いたような人物。とにかく無口な為、喋るとしても一言二言だったと想像している。そのせいで新八さんが流派を聞きそびれた程。(笑)「殺戮の癖あり」との噂もささやかれる、酒豪の剣豪。(あ、ダシャレ?!)実は会津藩の密偵で暗殺剣の使い手だとか、父親がある組織の密偵役だったという話もある。生涯を見ると、与する組織は違えども職種は一貫してるように思う。歳が近いせいか、平助とは意外と接する機会があったりする。明治になってからは、佐川さんのツテで警視庁の公安に勤務し、西南戦争にも出陣している。生活態度は几帳面そのもので、自分の下着は自分で洗い、服装や姿勢を崩すことはなかったそうな。最後は正座したまま臨終されたらしい…すごすぎる!


原田 左之助

はらだ さのすけ ただかず

小説「燃えよ剣」では太っちょだが、八木家の証言では美男だったそうな。左之助の豪胆な性格を考えるとワイルドな格好良さだったのではと想像している。彼の持ちネタの切腹未遂事件から、見た目はいいが中身は単純(スマン左之…)というイメージがインプットされてしまった。(笑)新八さんとは「暴れ者」同士、気が合うようだ。愛妻家で意外とマメなマイホームパパタイプ。上野戦争で戦死というのが定説だが、大陸に渡って馬賊の頭領になったという説もある。さらに明治四十年頃、日本の家族のもとに顔を出したという話も。左之助ならそれぐらいの事をやっても全く違和感がない為、個人的には信じている説だったりする。


藤堂 平助

とうどう へいすけ のぶとら

大名の御落胤と言えるほど、育ちのよさそうな風貌。最年少で、いつもワタワタしている為、頼りなく見られがちなイメージ。 否、「先駆け先生」の異名をとる果敢な剣客の一面も。総司と同様、剣を握ると人格が変わるタイプなのだろうか。総司とは同年代繋がり、左之助とは新八さん繋がりで結構仲良し。また、山南さんと甲子太郎を慕う。同門だからというより、無駄な争いを好まず対話で事を解決する姿勢に共感していたのだろう。個人的には、彼の最後が切なくて仕方ない。かつての仲間と道を別ったとはいえ、これからという時に(しかも二十四歳!)維新の舞台から降ろされてしまったように思う。だが、信憑性は薄いものの彼には生存説があるらしい。気になるところである。


井上 源三郎

いのうえ げんざぶろう かずたけ

平助と共に、雑用や使いっ走りにされても嫌な顔ひとつしない「良い人」。控えめで目立ちたがらない好々爺…いや、失礼!好人物である。だが剣の腕は天然理心流免許皆伝であり、その実力は決して侮れない。多摩時代から、農作業が遅れるほど稽古に励んでいた努力家。その上「一度決め込んだらテコでも動かない」頑固さもあったらしい。どうも「おじさん」を通り越して「(初老の)おじいさん」のように描かれがちな源さんだが、享年は四十歳。いくら当時の平均寿命が短いとはいえ、もうちょっと若くてもいいと思うのだが…やっぱり、ここでもこれくらいの見た目に落ち着いてしまった。(ゴメン源さん!)


芹沢 鴨

せりざわ かも

勇達にとって「強敵」と書いて「とも」と読むべき人物である。(爆)新選組をひっかきまわすトラブルメーカー。しかし、彼の金策のおかげで、隊が金欠病にならずに済んだのも事実。ここでのイメージは大河の鴨像に酔狂な部分をプラスした雰囲気。相撲取りのようなおじさん鴨も良いが、お梅さんとのバランスを考えると、ある程度のルックスは欲しいところだったりする。(笑)酒癖が悪く、会津藩から苦情が来るような粗暴行為の数々のせいで「悪者」に描かれる事の多い彼だが、個人的には悪ぶる事で自分の弱い部分を隠そうとしていたのではと想像している。


新見 錦

にいみ にしき

芹沢派のブレインもとい知恵袋。非常に影が薄い人物で八木さんの記憶にもほとんど残ってなかったらしい。個人的には、鴨さんに付いて回るただの腰巾着ではなく、公私共にナンバー2として芹沢派を支えるというイメージ。影が薄いという事は容姿も平凡だったのだろうが、ここではなぜか怪しさ炸裂の顔になっている。(汗)ちなみに、今にも公家言葉を話しそうな大河の彼は、ある意味素敵だと思う。(笑)


平山 五郎

ひらやま ごろう

「隻眼の剣客」というのが何となく絵になる。癇癪持ちなイメージがある。花火の事故で左目を失明していたが、見えない分だけ神経を張っていたのだろう。どんな立会いでも左側面からは絶対に打ち込ませなかったらしい。その代わり見えている右側からは結構打たれたそうな…。一見、怖そうな芹沢派だが、どこか抜けていて憎めない人達である。


平間 重助

ひらま じゅうすけ

地元の水戸では平間家と芹沢家はお向かいさんだったとか。鴨さんと同日に暗殺されかけた所を辛くも脱出。しかし脱走者となった彼は実家に帰るわけにもいかず、流泉小史『新選組剣豪秘話』によれば「諏訪部」と名を変えて岩手で逃亡生活を続けたらしい。やがて臨終の際に家族が江刺へ駆けつけるが、その時の生活は裕福だったそうな。


野口 健司

のぐち けんじ

強面だが性格は良く、近藤派をさほど敵視してはいない。(江戸で一時期は新八さんと同じ道場だったからか?)ただし、鴨さんの言うことを聞かなきゃならない立場なので注意は必要。鴨さんたちが暗殺され芹沢派最後の一人となった彼も数ヵ月後に安藤早太郎の介錯で切腹させられてしまう。その理由を尋ねた源之丞さんに安藤は「さぁ…」とだけ答えたという。その安藤も池田屋事件で死亡し、真相は謎のままである。しかし、彼には脱走説もあり、個人的にはこちらを信じたくなってしまう。


伊東 甲子太郎

いとう かしたろう たけあき

一部で「策士」と呼ばれるほど頭がきれ、北辰一刀流を修めた文武両道の人物。タイプも思想も似ている為か、一時期は山南さんとも交流があったらしい。平助のツテで、途中入隊ながらいきなり参謀職に就く。慶応三年に朝廷から御陵衛士を拝命し、新選組から分離。同年には大政奉還が成り、幕府と距離を置いた彼の方針は正しかったのだが、その矢先に油小路で惨殺されてしまう。和歌をたしなむ風流人な一面もあり、個人的には某小説のような悪賢いイメージは無い。夫恋しさに嘘の手紙で彼を江戸に呼び戻してしまった奥さんを離縁してしまうなど、厳しくも公私混同を嫌うフェアな一面がうかがえる。仲間には「同志」として接し、自分を「先生」と呼ばせなかった、という逸話が興味を引く。そのせいだか妙に親しみが沸いて、呼び方も「伊東参謀」から「甲子太郎」を経て、とうとう「かっしー」になってしまった時もあったが(爆)、今は「甲子太郎」で落ち着いている。(笑)


鈴木 三樹三郎

すずき みきさぶろう ただよし

甲子太郎の実弟。つい「みっきー」と呼んでしまう。(爆)若い頃は酒による失策で養子先から離縁されてしまったりしたが、後年の彼はとても謙虚で兄思いな一面が伺える。油小路では虎口を脱し、薩摩屋敷に庇護されて官軍に加わる。翌年、油小路で討死した仲間たちを改葬。赤報隊の偽官軍事件を経て会津に出陣するも、終戦のため帰京する。明治元年、両国橋上で偶然遭った新八さんと一触即発状態になった事も。警察署長を歴任したのち、茨城で隠棲な余生をおくる。晩酌を欠かす事はなく、酒豪振りは健在だったようだ。


毛内 有之助

もうない ありのすけ よしたね

新選組では文学師範を務め、「馬にも乗れば槍も使う」ことから「百人芸の毛内」と評された多趣味多芸な人。彼の継母が考えたという「槍の穂先のような」変わった脇差を差していたらしい。新井さんとは兄弟のように仲が良く、二人で毎日のように建白書を綴っていたとか。油小路では平助や服部さんと共に奮戦して討死する。同志を逃がす為に、一歩も退かずに闘い続けたという。


服部 武雄

はっとり たけお よしあき


新井 忠雄

new!

あらい りくのすけ ただお

磐城平脱藩。新選組では、監察兼撃剣師範を勤めた。三条制札事件で土佐浪士に止めを刺そうとする隊士を止めたり、河合さんが隊費私消を疑われた時は歳三の意に反して調査を続けたりと、公平な人柄を伝えるエピソードが多数ある。油小路の際は江戸に遊説中で不在。奥さんの小静さんが、京に戻るのは危険だと知らせるために一人で探しに来てくれた。また、偽官軍事件で投獄された際には、出された食事に手をつけなかったという頑固一徹な一面も。


加納 鷲雄

かのう みちのすけ わしお


篠原 泰之進

しのはら たいのしん


阿部 十郎

あべ じゅうろう たかあき

二度も脱走しながら二度とも生き残り、遂には勇に復讐の銃弾まで打ち込んだというツワモノ砲術士。偽官軍事件で、入牢させられた新井さんたちを独断で助けに行こうとするなど、直情だが仲間思いな一面をうかがえる。池田屋以前から隊に不満を持ち、近藤派と敵対していた彼の証言は客観的なものとして、新選組を知る上で結構重要視されている。明治後期の史談会で「新選組で一番の剣客は?」との問いに「永倉、沖田、斎藤」と挙げたのも彼である。


山崎 烝

やまざき すすむ

諸士取調役兼監察といえばこの人。大阪の針医者の息子で香取流棒術や長巻が得意。入隊時は三十代半ばの妻帯者で、奥さんの琴尾さんは明治四十三年まで大阪で存命だったらしい。素直で大人しい人だった、とは良順先生の言。とにかく任務に忠実で勇や歳三がもっとも信頼をおいた一人でもあったが、歳三にアゴで使われているように見えなくもない。(汗)町人出身である事を活かし、薬売りに化けて諜報活動に奔走したとか。池田屋事件の報奨金授与記録に彼の名がないのは、機密の為にあくまで「裏方」に徹したから…とも解釈したい。「変装が上手」という逸話から、ここでは大人しくて機転が利くが武士っぽくは見えないといったイメージ。いわゆる「武士の商法」では頭が高くてすぐにバレてしまうだろうし。(ちょっと例えが違う)


島田 魁

しまだ かい よしあき

烝と同じく京での一次募集で入隊した。美濃大垣出身で、力士のような体格だったと伝わる。実際、大男だった彼の怪力を物語る逸話は数知れない。その一方で酒はあまり飲まず、「飴みたく糸をひく」ぜんざいが好物の甘党という一面もある。新八さんとは江戸の坪内道場で知り合っていたらしく、「お人好し」同士、気が合うようだ。戊辰戦争では周りが次々と隊を離脱していく中、函館戦争まで戦い抜いた。釈放されてからは京へ帰り、商売を始めるが上手くいかなかったらしい。それでも新政府への出仕や爵位も辞退し続けた。晩年はかつての屯所でもあった西本願寺の守衛を務めた。


吉村 貫一郎

よしむら かんいちろう

映画「壬生義士伝」ですっかり有名人になった吉村さん。しかし、貧しい家を支える出稼ぎ隊士像は、子母沢寛の創作という説もある。個人的には好きな話なのだが…。本名を嘉村 権太郎(かむら ごんたろう)といい、天保十一年に南部盛岡藩士の次男に生まれる。江戸に遊学中、北辰一刀流を修め、のちに脱藩。上洛し、入隊の運びとなる。撃剣師範や監察方などを勤めるなど、古参隊士と同等の地位にいた事から、彼の優秀さがうかがえる。鳥羽伏見で戦死と記録されているものの、遺体は不明。当時佐幕派だった旧藩を始め、逃走先は少なくなかったと思われ、彼が生き延びた可能性も残る。あくまで推測だが…。


尾形 俊太郎

おがた しゅんたろう

肥後熊本出身。京での一次募集で入隊した古参隊士。文学師範で、監察方や副長助勤も勤めた人なのだが…なぜだか影が薄い。(涙)江戸での隊士募集や勇の出張にも同行している事から、それなりに重宝されていたはずである。しかし、彼に関する逸話などは全くと言っていい程ない。個人的にかえって気になる人物である。鳥羽伏見の戦い以降は隊に従い、甲州勝沼、会津と転戦。母成峠の戦いで離隊したのちは消息不明となる。会津で死亡した隊士の墓と並んで、「尾形」という人物が葬られているという話しもあるが、同一人物かは不明。


松原 忠司

まつばら ちゅうじ のぶただ

関口流柔術の達人で隊内では柔術師範も勤めた。「青々とした坊主頭に鉢巻をつけ今弁慶と呼ばれた」らしい。「親切人は山南と松原」と言われるくらいだからよほど愛想が良かったのだろう。隊士にも慕われていたようだ。しかし、子母沢寛の「壬生心中」では、自分が斬ってしまった浪士の未亡人の面倒を看た事で、歳三にあらぬ疑いをかけられ、隊務まで放棄してしまう。彼の切腹の真相は未だ謎だが、やはり理不尽な理由だったのでないかと個人的には考えている。


武田 観柳斎

たけだ かんりゅうさい とくひろ

出雲で医学を学ぶも長沼甲州流軍学を修め、いわば文官として新選組で働いた変り種隊士。と、言っても池田屋事件では上から降ってきた浪士を斬るなど、剣術も使える模様。かなりの口八丁で目下の者には威張り、目上の勇には度々おべっかを使っていた、とは新八さんの言。どの組織にも一人は居るゴマスリ太鼓持ちという事らしい。後に薩摩と通じようとしてそれが発覚、結果暗殺されてしまう。


谷 三十郎

たに さんじゅうろう ともくに


谷 万太郎

たに まんたろう


中村 金吾

なかむら きんご

なぜだか描いてしまった。(笑)京での第一次募集に応じて入隊した。尾関雅次郎と同じ旗役。池田屋事件では土方隊に属して屋外の守備を務めたり、四条堀川西の米屋に入った押し込み強盗を一さん達と共に撃退したりしたという。慶応3年に離隊。


加納 惣三郎

かのう そうざぶろう

映画「御法度」で有名になった彼。実は島原通いが癖になり、お金欲しさに辻斬り(今で言う強盗殺人)を仕出かしたかどで歳三に粛清されたとか。美形だったのは本当らしく、京には彼の顔を一目見ようとする追っかけまでいたという話。心形刀流の達人という説あり。性格は基本的に大人しいが、思い込みが激しい…というのが個人的イメージ。


山野 八十八

やまの やそはち

子母沢寛『新選組始末記』では、イケメンユニット・美男子五人衆の一人。(爆)誰からも好かれる人柄で生き延びたという逸話が個人的に興味深い。純朴で出世を望まない野心とは無縁の人というイメージがある。剣の腕に関しては皆が苦手だった平山五郎への側面からの打ち込みを難なくやってのけたとか、池田屋に出動記録がないから実は大した事がなかったとか諸説あるものの、最後まで新選組に在籍し続けながら生き残った一人であることに変わりはない。維新後は下京区の小学校の小使いさんにしっかり就職し、晩年まで静かに暮らした。たくましい人である。


相馬 主計

そうま かずえ

函館新選組最後の隊長…と言えば聞こえは良いが、歳三が戦死した為、隊の責任をとる役目をするはめになったように見えなくもない。しかし、「弁天台に相馬あり」と彼の指揮を湛える話もあるという。弁天台場で降伏した後、榎本さんらと共に東京送りになり、案の定島流しにされる。終身刑を免除され、新島で出会った女性と結婚してやっと東京に帰ってくるが、後に謎の割腹自殺を遂げてしまう。殺されたという説もあり、何だかアンラッキーな人である…。(涙)文学に明るく、新島では島民に読み書きを教え「先生」と呼ばれた学のある一面も。


野村 利三郎

のむら りざぶろう よしとき

勇が流山で投降した時に捕らえられるが、相馬さんと共に釈放。奥州を転戦し函館まで戦い抜いたが宮古湾海戦で討死する。酒好きで無鉄砲でそうと決めたら一直線に突っ走る…つまりは熱血漢なイメージ。ここでは「勇猛で短気な野村、知的で寛大な相馬」というというコンビが出来上がりつつある。(笑)


市村 鉄之助

いちむら てつのすけ

鉄っちゃんといえば、歳三の小姓として函館まで付いて行き、その遺品を実家まで届けたというエピソードで有名。ここでは、性格は純粋だが、当時の典型的な軍国少年ならぬ侍少年というイメージがある。戊辰戦争後は佐藤家に匿われたのち大垣に帰郷、そして西南戦争に西郷軍として出陣して戦死したともいう。だが、個人的には幸せな余生、もしくは納得した最後を迎えてくれている事を密かに願う。


【佐幕派・関係者】

松平 容保

まつだいら かたもり


佐川 官兵衛

さがわ かんべえ


松本 良順

まつもと りょうじゅん


【倒幕派・中立】

坂本 竜馬

さかもと りょうま


桂 小五郎

かつら こごろう


川路 良利

かわじ よしとし


【女性たち】

松井 常

まつい つね

勇の奥さん。今までの田舎女房のイメージから一転、大河の可愛い常さんのイメージにとり憑かれてしまった。(笑)器量は決して良くなかったが「美女よりも醜女の方が真心を持って夫に仕える」からと勇は彼女を妻に迎える。…褒めてるのか貶してるのかわからない理屈だが。(汗)結婚から三年ほどで勇は上洛し戊辰戦争に敗れた後に処刑、やがて一人娘の瓊にも先立たれる。それでも再婚を断り続けたという健気な人である。


お梅

お うめ

鴨さんの恋人。ものすごい美人だったらしい。鴨さんとの組み合わせを考えるとやはり妖艶な感じが似合いそうである。一見すると蓮っ葉な悪女風(ゴメンお梅さん)だが、人に素直になれない鴨さんを似たもの同士だと思い、一緒に居ると安心出来る…というイメージを思い描いている。鴨さんが暗殺された時に道連れとなった。最後の最後まで彼の傍に居てあげたのだと思いたい。


明里

あけ さと

山南さんの恋人。上品な女性、というのが何となく山南さんとお似合い。難しい仕事の話しもプライベートな悩み事も黙って聞いてくれるような人だったのではと想像している。島原の天神をしていたが、山南さんが切腹した後の消息は不明。山南さんが葬られた壬生光縁寺にある「沖田家縁者」とだけ書かれている墓が彼女のものではないかという説もあるとか。


小常

こ つね/お つね

新八さんの奥さん。初めはしっかりしたイメージがなかったが、なぜだか不器用で可愛いイメージが沸いて定着してしまった。(汗)自分に惚れこんだ新八さんを振り回してるつもりが、実は彼の素っ気ない言動に振り回されてる…という。(謎)娘の磯子を出産した後、鳥羽伏見の戦いの頃に病死してしまう。が、その後関西で役者になった磯子は明治の京都で父親との再会を果たす。


高木 時尾

たかぎ ときお

一さんの奥さん。会津戦争では負傷兵の手当てをしたり討死にした藩士達を葬ったりしたというから、利発で芯の強そうな一面がうかがえる。小説「新選組副長助務・斎藤一」でも、随分と気が強い人だなぁという印象があったりする。明治後は女子高等師範学校の舎監を勤め、生徒たちを自宅に住まわせて面倒を見たりしていたらしい。


菅原 政

すがわら まさ

左之助の奥さん。お茶目で翔んだカップルというイメージがある。屯所が西本願寺に移転した頃に結婚。長男の茂をもうける。左之助とは鳥羽伏見の戦いで永別するが、後に政は再婚し茂は実業家になったとか。


やまと屋の娘

八十八の恋人。ここでは内気で大人しい性格になっている。隊士たちの間でも評判の美女だったが八十八と相愛になり一女をもうける。戊辰戦争後に八十八との再会は果たせず行方不明となるが、京都に残っていた実の娘が八十八を探し出したという。その後、八十八は娘に引き取られ同士の供養をしながら静かな晩年を過ごした。


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