この小説は水木ハナさん作『たとえばこんな日常も』を元に書かせて頂いたものです。

そして幾星霜の日々

「歳!最近、事業の方はどうだ?洋服など着て、大層羽振りが良さそうじゃないか」 「まぁ、儲かったり儲からなかったり…けど、儲かる方が多くなってきたな。
佐藤の義兄上も何かと援助してくれるし…ま、気長にやるさ」
「いいなぁ、土方さんはー。うちなんか、相変わらず火の車ですよー。
いっそ道場なんかやめて、牛鍋屋にでもした方が流行るんじゃないですかー?
ねー、源さん?」
「こらこら、総司。滅多な事を言うもんじゃないぞ。
…それより、山南さんは最近どうですか?塾を開いたと聞きましたが」
「えぇ。やっと塾生も増えてきて、とても教えがいがあります。
国民全体を一定水準に上げるには、確かに官立の学校は効率的です。
しかし、真に世界に通用する人材を生み出すには、やはり教え子それぞれの特質に応じて
育てるべきだと実感しているところですよ」
「何だよ、何だよぉ…!みんな、景気のいい話ししちゃってさぁ。
定職ついてないの、俺と新八だけじゃん」
「そこに俺を入れるな」 「永倉さんは、出稽古専門の剣術指南をしてるんですよね。
先週は私たちの所にも来てくれたんですよ。
伊東先生も『官吏といえど鍛錬は欠かすべからず』って、仰っていましたし」
「…一理あるな、藤堂。
今や国民皆兵の時代だ。戦いの術は、邏卒(俺たち)だけが磨くものではないのかもな」
皆が試衛館に集ってから
自分たちなりの国事を論じ合い
得意の剣術を高め合い
互いの絆を深め合った
時代は風雲急を告げ
日ノ本を二分する薩長と幕府の総力戦が繰り広げられた
江戸にも戦の火の粉が降りかかってはきたが
俺たちは何とかそれを切り抜け
気が付けば
薩長は明治政府という新たな国家を築いていた
急激な欧化政策に
最初は俺たちもうろたえた
しかし
真っ先に土方さんが商売を始めたのを皮切りに
近藤さんは再び流行り始めた剣術道場を続ける決意をし
総司と源さんはそれを支え
山南さんは洋学を学び直して私塾を開き
平助は同門の師匠だった伊東大蔵という人物の誘いで司法省の役人となり
一はどこにどう願い出たのか警官になり
左之助は相変わらず職を転々としながら試衛館に出入りしていた
俺は
これといった伝手もなく
剣術以外に能が無い人間だから
官庁の稽古場や人手が足りない道場を訪ねては
指南をして回った
そんな風に
いつしか
それぞれが文明開化を楽しんでいた
最初は別々の道を行く事に
どこか寂しさを感じていた
しかし
不思議なもので
離れていても
いや
離れているからこそ
時々ふと
無性に顔をあわせて話しをしたくなるのだ
たまにこうして
誰かが行きつけの店や
目新しい流行りの店で
一同揃って杯を交わす日は
無遠慮に自分をさらけ出せる
何ものにも変えがたい時間になっていた
それは
一度一度が短いからこそ
大事に出来る時間なのかもしれない
帰り際
後ろ髪を引かれるような事はない
今日は充分に話し尽くし、はしゃぎ尽くし、笑い尽くした
でも
少ししたら、また
互いに会いたくなる
平凡だが
諍いも、しがらみも、恐怖も無い
幸せな日常がそこにはあった
時は明治
今少し
今少しだけ
この夢の中に——