「おい!雪原?」
栄治の言葉に反応したように、忠一がピタリと足を止めた。
同時に、乱暴につかまれていた腕がそっと離される。
腕に残った痺れを感じながら、栄治は怪訝そうな視線を忠一に向けた。
しかし、ぱっと振り向いた忠一は
「やー。さっきは悪ぃな!いっきなりヘンな連中にインネンつけられてよー?
どーすっかなぁって思ってたら、目の前にお前がいるし?
ま。逃げきれたみてーだから、結果オーライってやつ?だっははは!」
と、昨日と同じ調子で答えたものだ。
「そ、そうか…。で、あんなところで何してたんだ?」
煙に巻かれたような居心地の悪さを呑み下して栄治が問う。
「べつに、なーんも。バイトの帰り。そういうお前は、学校帰りみてーだな?」
「あぁ」
ここまで話して会話が途切れた。
気まずい空気が漂い始めたことを察した栄治は、何とか話しを繋げようとあの事を持ち出した。
「あー…あのさ。この前の…黒い忍者みたいなヤツ」
「おっ!どうだよ?あれからまた出たか?お前、また変身したか?」
わくわくした様子で忠一が話題に乗ってきた。
「いや。今のところ、まだ出てきてないけど」
「ぁんだよ、つまんねーの。またチャンバラがおがめると思ったのによー」
見たかったテレビ番組を見逃したような物言いで、肩をすかす忠一に
(襲われる方の身にもなれよ!)
と、栄治は心の中で叫んだ。
「で、俺がなったサムライのカッコ。どこかで見たことあるなって、気になってたんだけど…
あれって『新選組』じゃないかと思ってさ」
「『しんせんぐみ』?」
正常に会話が流れ出した気配に、栄治は少しホッとして続けた。
「江戸時代の終わりに、倒幕派?から京都を守ってた人たちらしい。
ほら、『近藤勇』とか『土方歳三』とか聞いたことないか?」
教科書から取って付けたような説明を聞き、忠一は右手の拳で左手の平をポンと叩いた。
「アレか!テレビで見たコトあるぜ!ダンダラってのを着て、池田屋とかいうトコで斬りまくってたヤツらだろ?」
「その通り!」
出し抜けに、第三者の声がした。
驚いた二人が声の主を追うと、いつの間にか袴姿に大小を差した二人の男が行く手を塞ぐように立っていた。
「ったく!新選組っていうと近藤たちかよぉ」
「仕方ねぇさね。新選組一番の手柄は、俺たちがフケたあとだときたもんだ」
左目の眼帯をさすりながら愚痴る平山に、平間がだるそうに言葉を返す。
その時、鉢金の“声”が再び沈黙を破った。
声は、目の前の二人を「敵だ」と栄治に訴えかける。
「こいつら…」
一瞬、唐突な出来事に呆けていたが、栄治の一言に忠一もさっと身構えた。
「お前ら、あの黒い忍者の仲間か!?」
「当らずとも遠からず、って所だな」
「だな」
平山の台詞にあわせるように平間が喋る。
(何でこんな、次から次へとワケのわからないヤツらに追われなきゃならないんだよー!?)
栄治は、自分の置かれた不可解極まりない状況を心底呪った。
「聞いて驚け。俺たちはその新選組の旗揚げ——」
平山が言い終わる前に栄治は走り出し、忠一がそれを追っていた。
「とりあえず逃げるぞ!」
「あ?なんでだよ?」
「道の真ん中で乱闘になったら、警察呼ばれるかもしれないだろ!」
「げっ!そりゃ、ヤベーじゃん!」
「だから、まず人目のないところまで行く!どうするにも、それからだ!」
これ以上のトラブルは御免だ、という感情で栄治の頭はいっぱいだった。
一方、話の途中で取り残された平山と平間は
「逃げた…」
「逃げたな」
道路の向こうで、豆粒になろうとしている栄治たちに唖然としていた。
「追う?」
「追うか」
交互にお互いを見合わせると
「「待ぁちやがれぇ〜!」」
二人は韋駄天の如く疾走し、標的を追撃し始めた。