もうだいぶ走っただろうというあたりで、栄治は足を止めた。 二人は、あの旧市街の入り口にたどり着いていた。ここなら、滅多に人は来ない。
忠一は呼吸を整えながら、栄治が息一つ乱していない事に気が付いた。
「栄治、お前…足速ぇな」 「これでも陸上部だからな。一応」 「へーぇ!ひょっとして、レギュラーか?」 「あいにく、ただの補欠だ」 そこまで話した所で、二人分の草鞋の足音がもうそこまで近づいて来る。
「へっ!案外簡単に追いついたな」 「俺たちからしちゃ、(のろ)(のろ)い」 平山と平間が、余裕といった顔で追いついて来た。
「うおっ…!?もう来やがった」 忠一がさっと身構える。
「さっきの続きだ!俺たちは新選組の旗揚げ同志。近藤たちと並ぶ隊の幹部だ。 そもそも新選組を作ったのは、俺たち芹沢一派だ。覚えとけ」 「覚えとけ」 (『セリザワ一派』…?) 栄治は平山と平間の前に一歩進み出た。
「一体、何の用ですか?」 その一言には、今まで起こった理解不能な出来事に対する栄治の疑問がこめられていた。
「単刀直入に言う。お前らが持ってる鉢金と槍、今すぐこっちによこしな」 「よこしな」 やはり平山の台詞にあわせるように平間が喋る。
「鉢金と…槍?」 わからないと言いたげな栄治に、平間は教えてやるかという表情で言った。
「あぁ。そいつは俺たちの(かしら)がやっとこさ手に入れた代物だ。返してもらうぜ」 (『カシラ』…?) 何かを考えるように栄治は目を泳がせた。
少しして視線を戻すと
「あのー…」 「何だ?」 「『ハチガネ』と『ヤリ』って…何ですか?」 栄治の素朴な疑問が、その場の時間を止めた。
「「は…!?」」 平山と平間の間の抜けた声がハモる。
微妙な空気が通り過ぎた頃、止まっていた時間は平山の怒声で動き出した。
「んな事も知らねぇのか!?この時代の餓鬼は!」 続いて、平間が呆れ顔で怒鳴った。
「いいか!鉢金ってのは頭に巻く鉄板の事!俺たちが言ってる槍ってのは、折れた棒切れの事だよ!」 そこまで言われて、栄治はようやく合点がいった。
「あぁ。これが…」 「ははーん。コイツがねぇ…」 忠一は、栄治が取り出した鉢金と、自分の手の中にある槍の柄を交互に眺めた。
「ほれ。わかったんなら、さっさとよこせや」 平山が右掌を出す。
「けっ!お前らみてーな怪しすぎなヤツらに『はい、そうですか』なーんて素直に渡すかよ?」 そこまで言った時、忠一が目にしたのは素直に鉢金を差し出している栄治の姿だった。
「そういうことなら…これ、返します。どうぞ」 栄治の常識的な対応がその場の時間を止めた。
「「「は…?」」」 平山と平間、それに忠一の間の抜けた声がハモる。
微妙な空気が通り過ぎた頃、止まった時間は栄治の念押しで動き出した。
「だから、どうぞ。返しますって」 「おいおい!いいのかよ!?」 忠一が慌てて止めに入る。
「もともと拾った物だし、持ち主がいるんなら返すよ」 「そりゃま、そーだけどよぉ…」 栄治の正論に、忠一は反論出来ない。
力ずくで奪い返す気でいた平山と平間は、何とも言えないばつの悪さを覚えた。
「何だか、拍子抜け…だな」 「…だな」 平山がちらりと平間を見遣る。 平間はそれに応えながら、栄治の差し出した鉢金に手を伸ばした。
「まぁ、面倒がかかんなくて良かっ——」 だが突然、鉢金はふっと平間の手からすり抜けた。
「あっ!」 「貴様!」 「雪原!?」 横から忠一が鉢金をひったくったのだ。
警戒して平山と平間から距離をとった忠一は叫んだ。
「わっかんねーのかよ、栄治!よく見ろ!こいつら、どう見ても『敵キャラ』ってツラじゃねーか!ぜってー悪役だろ!」 忠一の失礼千万な発言に
「人を見た目で判断するな!」 と平山が反応し
「お前はそこで答えるな!」 と平間がそれに突っ込んだ。
「その、『はち…『はち…んーと…何だっけ?」 単語が出てこない忠一に
「『鉢金』」 と栄治が助け舟を出した。
「それそれ!その『ハチガネ』には何かすっげぇ秘密の力があって、そいつを使って何か悪事とか企んでんだろ!? どこをどう聞いても、B級漫画の読みすぎだった。
(どんな状況判断だ…? あまりといえばあまりの言い草に、栄治は二の句がつげなかった。
「…あー、言いてぇ事はそれだけか?」 平間がポリポリと頭を掻く。
「渡す気がねぇって言うんなら…」 抜刀した平山が、平正眼に構えた。続いて、平間も鯉口を切った。
「力ずくで取り返させてもらうぜ」 「もらうぜ」 臨戦態勢をとられた。
どう見ても、引き下がる気はないようだ。
(どうするんだよー!?もう戦うしかないじゃないかー!) 内なる悲鳴を上げる栄治の肩を、忠一がポンと叩いた。
「んーと…あれだ!『ハチガネ』!使うのか?」 何やら妙にうきうきしている忠一に、栄治は疑惑の目を向けた。
「まさか、お前…。そのために、あの二人を挑発したんじゃないだろうな…?」 そうこうしている間に、先行した平山が刻々と間合いを詰めてくる。
「どーすんだよ?な?な?」 「あー…畜生…!」 半ば自棄になって、栄治は忠一から鉢金をひったくった。そして素早くそれを額に付ける。
「らぁっ!」 平山が栄治に斬りかかった。 刀を左手の方に倒し、胴を薙ぎ払いに来る。
ガキンと、鋭く重い金属音が響いた。
変身した栄治は即座に平山の太刀筋を見切り、それを抜き放った刀で弾き返していた。