第三幕

どことも知れぬ闇の中。
(たむろ)する大男たちのもとに、またあの青年が使いにやって来ていた。
「鉢金に続いて、槍も失ったそうですね。放っておけばかなりの損失になると、先生が気に掛けておられましたよ」 「たった二つだろ?そんぐれぇ、どうって事ねぇんじゃねぇか?」 「ですが、これ以上の計画の遅れは、事が露見する恐れが出てくると先生が…」 「考え過ぎだろ?おたくの先生さんは、何かと慎重過ぎるきらいがあっからなぁ」 「…とにかく、直ちに何らかの対策をとって頂きたいとの事です」 「わぁったよ」 「では、失敬」 青年が立ち去ったのを確認すると、途端に姿勢を崩した平間が愚痴り始めた。
「ちっ!二言目には『先生、先生』だ。大体、あの天狗野郎はそんなに偉いのか? 使いを寄越すだけで、自分は顔も見せやしねぇ!」 「それより俺は、奴が気に喰わねぇ。近藤の所に居たはずの奴が、今は"別の奴"の使いをやってるときたもんだ」 平間に続いて平山も疑問を発した。
「知識不足」 隅で壁に背を預けていたギョロ眼の男が口を挟んだ。
「新見さんは知ってるんですかい?奴があの天狗野郎と居る訳を」 平山の問いにギョロ眼の男——新見が答えた。
「奴は近藤たちから離れ、自ら隊に引き込んだ"同門の師匠"とその門弟たちに付いたのだ」 「な、何だそりゃ…!?」 「何でまた?」 さらなる疑問を噴出させる平山と平間をよそに
「そんな事ぁ、どうでもいいさ」 大男が話しを遮った。
「堅物先生の腹ン中がどうだろうが、俺にゃ関係ねぇ。俺は、この国が異国に侮られていくのを傍観してやがる奴らに、一泡吹かせてぇだけだ」 そこまで言ったところで、大男は
「だが…」 と不敵に口角を上げた。
「この時代の奴らは、一人残らず腑抜けちまったのかと思ったが…まだ活きのいいのがいたみてぇだな」 「本っ当にもう!あんたはケガばっかりして!」 「…だから、ゴメンって」 栄治は、朝食と一緒に母親のお説教を喰らっていた。
平山と平間を相手に戦った昨日。 擦り傷と絆創膏だらけで帰宅した栄治は、待っていた母親からものの見事に見咎められた。
その日は疲れていたのもあって、さっさと自分の部屋に引っ込んだ。
だが、翌朝の朝食の席で、待ち構えていたように夕べの分も含めたお小言が降ってきたのだ。
「この間は道でいきなり倒れて入院したと思ったら、今度はケンカなんて!」 「向こうがからんできたんだよ」 半分は本当だ。だが、一方でこっちにも原因はある。
あの鉢金だ。
栄治としては、あんな面倒なものは早く返してしまいたかった。 もともと自分の物ではないし、あんな骨董品が欲しいと言うなら渡してしまえば騒動も止む。
なのに、帰り道で忠一から
「ほらよ。しっかり持っとけよなー」 と、差し出された鉢金を成り行きで受け取ってしまった。
(だいたい、こんな物持ってるから、あんな事になるんだよなぁ…。早く穏便に返す方法、考えとこう) 「…かと思ったら、今度は急にバイトするとか言い出して! 部活もしてるのに、どうやって勉強時間を作れるの!?来年は受験なんだから、もっと——」 ガラスの弁償の件は、栄治は黙っていた。そんな事までやらかしたと知れたら、母親からさらなる怒りをかうに決まっている。 つい先日の入院費が、時間外料金で三万円近くもかかったばかりだ。息子の不始末によるこれ以上の出費は、火に油を注ぐ結果しか見えない。
栄治はトーストをかじりながら、母親のお説教をひたすら聞き流した。
「栄治!聞いてるの!?」 「聞ていたよ。じゃ、行って来まーす」 マグカップに残っていたミルクティーを一気に飲み干すと、栄治は椅子の背もたれに掛けておいた鞄を取り、そそくさと玄関を出て行った。
今日は、他生徒から一日遅れての学年末テスト後半分が放課後に控えている。
とにかく昨日までの一連の災難を忘れたい一心で、栄治は通学時間から追試開始直前までひたすらおさらいに集中した。 これが現実逃避には素晴らしく有効で、付け焼き刃にしてはそこそこの手応えを感じられた。平均点割れは、何とか避けられそうだった。
追試を終えて学校を出る頃には、三時を回っていた。
栄治は休み時間に渋々書き上げた履歴書を持って、旧市街の入り口近くにある昨日の店に向かった。
何も考えずに教室で書いていたものだから、それを見た何人かのクラスメイトに 「えっ、何?松永、就活すんの?」 「まだ三学期じゃん。気が早くね?」 などと早合点されそうになったが、 「まさか。春休みのバイト用だよ」 と、適当にあしらった。
知信に言葉巧みに突きつけられた、先日の言葉が思い起こされた。
『勤務日数は週二日で、松永君には夕方のシフトを頼むよ。時給800円、交通費支給、制服貸与、食事付き…なんだけど、給料のうち一割はガラスの修理費として天引きさせもらうから、そのつもりでね』 思い出しても、ため息しか出てこない。もう愚痴るのさえも面倒くさかった。

やがて、総二階造りの古民家が視界に入ってきた。 古材で組まれた木製の重厚なドアの側には、こなれた達筆で『喫茶 紫影館』と書かれた縦看板が掲げられている。
栄治は昨日壊したガラス窓をチラリと見た。 格子の残骸はきれいに撤去されていたが、ガラスには養生テープによる痛々しい修復の跡が残っており、栄治は少し罪悪感を感じた。
何だか店に入り辛くなった栄治は、入り口の前で立ち往生してしまった。
手持ち無沙汰で通りに目を向けると、数メートル先に黒塗りのクラウンマジェスタが一台停まっていた。 よく手入れされているらしい車体はピカピカで、どう見ても結構な高級車だ。無人の旧市街も近いこんな寂れた住宅街には、少し不釣合いな車にも思える。
だが、思考をそらして現実逃避をしていても埒が明かない。
栄治は「行くか…」と、一度深呼吸して黒い鉄製のパーに手をかけてドアを押した。来訪者を継げる鈴の音が、チリンと鳴った。
内装は、壁、床、梁、天井がドアと同じ焦茶色の木造で、和洋折衷ながら収まりよくまとまっている。 京町家風の糸屋格子に覆われた籠窓は、外からの目線を隠しつつも光を上手く取り入れる構造で、客が寛ぎやすいようにとの配慮が見て取れる。
テーブルや椅子などの家具は洋風のデザインだが、使われている木材と加工法は日本式で、明治時代に輸出品として流行った様式である。 カウンター内の棚には、京焼のカップや皿などの食器類、そして今戸焼きの調度品が余裕を持って並んでいる。 入り口の控えめさに反して間取りは意外と広く、カウンターは五人掛けで、テーブル席は四人掛けが二つと二人掛けが四つある。
栄治と忠一が働く事になったのは、この『紫影館』という和風モダン喫茶だった。
「やぁ。松永君。いらっしゃい」 カウンターに入っていた知信が、ニッコリと栄治を出迎えた。
白いオックスフォードシャツに黒のスラックスと黒いリネン地のエプロンを身に付けた知信は、本人の礼儀正しさも相まってますます折り目正しく見える。
「あの、これ…。履歴書、持ってきました」 栄治は履歴書を入れた茶封筒を差し出した。
受け取った知信はざっと内容を確認すると
「…はい。確かに」 と、書類を元の封筒に引っ込めた。
「保護者の方の許可もきちんといただいているね」 「そりゃあ、高校生といえど未成年ですから。高校生ですけど」 あくまで自分は『高校生』だと恨みがましく繰り返す栄治に、知信は思わず吹き出しそうになった。
「ふふっ…。嫌だな。松永君って、案外根に持つ方かい?」 「いえ。別に。…ただ、うちの頑固親がよく許可してくれたなと思っただけです」 その点は、栄治の本音だった。二言目には『成績』か『就職』しか言わない母親の口から「…まぁいいわ。いずれはお金を稼ぐ経験も積まなきゃだし、社会勉強も必要ね」との科白が出て来るとは、全くの予想外だったのだから。
「そういう事にしておこうか。じゃあ…はい。これが指定のエプロンだよ」 カウンター越しに知信が差し出したのは、黒いリネン生地で出来たサロンエプロンだった。 ウエスト紐の部分を持ってバサリと下に広げてみれば、丈は膝下あたりに裾が来る程度の長さだ。
「制服は特にないんだけど、なるべく上は白系のシャツで、下は黒系のスラックスに統一する決まりでね。今日の松永君の服装なら問題ないかな」 確かに、今日の栄治は黒の学ランの上下に白いワイシャツ。上着を取れば、ちょうど知信が言っていた格好に当てはまる。
「松永君には雪原君と同様、主に厨房の掃除や食器洗いなどをお願するよ。もし、お客さんが多い時には、料理を運んだり、注文を取ってもらったりもするから、フロアのピンチヒッターも了承しておいてね」 「はい…。それは、もう…」 「そこの事務室が、ロッカールーム代わりだから、荷物はそこに置いておくといいよ。あ、ただし貴重品は自己責任で管理するようにね」 「わかりました」 「じゃあ、まずは第一日目。厨房の床掃除から頼もうかな。モップは、厨房の奥の戸棚の中だから。頼んだよ」 「はい」 知信からの説明を一気に受けた栄治は、言われた通り事務室に入ると空いていた隅にカバンを置いた。学ランの上着だけを脱いだシャツの上から「こんな感じか…?」と、借りたエプロンを知信の見様見真似で身に付けた。
そして事務室の左斜め向かい、カウンター奥にある分厚いスチール製品の扉を開けると先客がいた。
「よ!栄治」 厨房では、先に来ていた忠一が皿洗いをしていた。
今日の忠一はいつものストリート全開のラフな格好とは違って、白い無地のロンTに黒いイージーパンツ姿。それだけでも、多少は格好がついて見える。どうやら、知信から「持っている中で一番シンプルな服を着て来るように」とでも言われたようだった。
「雪原。来てたのか」 「あ?当ったり前ぇじゃん」 今更という表情の忠一に、栄治は冗談めかしてこう言った。
「てっきり、ガラス代踏み倒して逃げるんじゃないかと思ってたよ」 「ひっでーな、おい!だれがンなコトするかよ!」 茶化された忠一は口を尖らせて反論した。
流し台を見れば、そうやって栄治と喋っている間にも、忠一は次々に食器をきれいにしていく。 普段はがさつで大雑把な忠一の姿からは、想像もつかない器用さだった。
「上手いもんだな…。雪原。皿洗いなんて、一体いつ覚えたんだ?」 「へへーん!」 栄治に感心された忠一は得意げに鼻を鳴らした。
「その日その日を食いつなぐため!ありとあらゆるバイトを制覇!皿洗いなんざぁ、朝飯前だぜ!」 「へぇー。人は見かけによらないっていうか…」 すると、調子に乗っていた忠一の手元でガチャン!と嫌な音がした。
流し台に目を戻すと、忠一の手にあったはずの皿が一枚、真っ二つに割れていた。
「あ゛…!」 「あっ!バカ…!」 栄治はとっさに、破片が排水口に流されないよう素早く蛇口を閉めた。
「雪原君」 そこへ鳥井さんがやって来て、忠一は飛び上がりそうな勢いでビクついた。
「だーっ!スンマセン!スンマセン!また割っちまいました…」 「『また』?」 忠一の言葉の一端を栄治は聞き逃さなかった。
「困りますねぇ。もう三枚目ですよ?」 鳥井さんに怒っている様子はなかったが、文字通り本当に困った顔で首を傾げていた。
栄治は忠一に耳打ちする。
「お前…厨房入ったの何時頃だ?」 「んー…三時半くらいか?」 「ものの十五分でそんなに割ったのか…」 「ちぇっ!悪かったな…!」 いいところを見せたと思った途端にぼろが出てしまい、忠一はぶすっと拗ねた態度になった。
栄治は「やれやれ…」という表情で、鳥井さんに言った。
「あの、鳥井さん。俺、掃除頼まれたんですけど、割れた皿の片付け手伝ってからでもいいですか?」 鳥井さんは一瞬きょとんとしたが、すぐにいつもの人の良さそうな笑みで了承してくれた。
「えぇ、えぇ。いいですよ。二人で片した方が早く終わるでしょう。破片は古新聞に包んで、『割レモノ』と書いたら不燃ゴミに出しておいて下さい」 「りょーかいっス!」 忠一が張り切って返事を返す。
それを聞いた鳥井さんは、再び調理台に向かった。
栄治が流し台から破片を取り出しにかかろうとした時、忠一にポンと肩を叩かれた。
「栄治。サンキュな」 「おう」 栄治は親切を傘にきるでもなく、あっさりと答えた。
なれないバイトの初日ともあって、二時間の雑用を終える頃には、栄治も忠一もくたくたになっていた。
営業時間は八時までなのだが、後片付けの多さに予想以上に手間取ってしまった。
四角い部屋を丸く掃いていた栄治は何度となく掃除をやり直し、一見卒がないように見えた忠一もほとんどの食器に残っていた汚れの洗い直しをする破目になった。
ようやく帰れるようになった時、カウンターでダウンしていた二人に知信が話しかけてきた。
「やぁ、お疲れ様。第一日目はどうだった?」 「つ、疲れました…」 「チェックきびしすぎっスよ…」 知信と鳥井さんのやんわりとした、それでいて鬼のように細かい査定に、栄治と忠一は謙遜を言う余裕もなくなっていた。
「だー…!ハラへったぁ…」 タイミング良く、忠一の腹の虫がぐぅと鳴る。
散々こき使った二人を前にして、特に悪びれる様子もなく、知信はこう言った。
「そうだ。明日は、もう一人の仕事仲間を紹介しないといけないね」 「もう一人?」 「だれかいるんスか?俺らのほかに?」 月島 彩(つきしま さい)さんっていう人でね。働き者で面倒見もいいから、きっと二人とも気が合うと思うよ」 「へぇ…。もう一人店員がいたんだ」 「な!な!どんな人だろーな?楽しみじゃね?」 「さぁな」 「んだよ。ノリ悪ぃな」 そこへ、厨房の鳥井さんからお呼びがかかった。
「皆さーん。お食事ですよー」 「という訳で、約束どおり時給800円プラス食事付きだよ」 そう言って、知信は一足先に厨房に入って行った。
「うひょー!メシだ、メシだー♪」 嬉々として厨房に引き付けられた忠一とは違い、栄治はさっきの知信の話しが頭にあった。
もう一人の店員。新しい仕事仲間。一体、どんな人だろうか?
この日の賄いは、オムライスに使ったドミグラスソースで作ったハヤシライス。 その味は、『紫影館』料理長である鳥井さんが腕を振るった一品だけあった。
「おっ…!」 「おりょっ…!?」 最初の一口を皮切りに、栄治と忠一は残りを黙々とぱくつきにかかった。 銀のスプーンが、白い皿と食べ盛りの少年たちの間を目まぐるしく行き来する。
ドミグラスソースの濃厚な甘みを楽しむように味わっていた知信はそれを微笑ましく見やると、鳥井さんに向き直った。
「いつもながら、美味しいですよ」 「いえ、いえ。風山さんのお口に合うなら、安心して現役でいられるというものです」 鳥井さんは気恥ずかしそうに、それでいて満足気に微笑んだ。
「未成年の前でなければ、食後酒にマデイラでもいただきたい所ですね」 「ははは。風山さんらしい」 その横で、栄治と忠一は夢中で次々とスプーンを口に運んでいる。
「昔、給食で食べた事があったけど…その数倍美味しいですよ!鳥井さん」 「うんめぇー!ムチャクチャうめぇーッスよ、コレ!うっわ!いっくらでも入るぜ!おかわりー!」 「早っ!雪原、もう完食か!?」 いつもの倍は食が進んでいたつもりの栄治だったが、ご飯もソースもまだ三分の一は残っている。一方の忠一は、既に皿が空だった。
「じゃあ、たくさん食べた人がその分、後片付けをしてもらおうかな。これは油汚れが多いから、念入りに洗ってもらわないとね」 知信が明るく宣言した途端、忠一の食欲が嘘のようにしぼんだ。
「…やっぱ、いいッス」 余分な分量を作らない賄いで、『満足感』を与える知信の『配慮』は効果てきめんだった。
「それじゃあ、お疲れ様」 全ての片付けを終えると、知信は一足先に事務室に引っ込んで行った。
栄治と忠一もエプロンを返しに事務室に入ると、椅子に腰掛けた知信が分厚い文庫本を熱心に読みふけっていた。
さっさと荷物をまとめ終わった忠一は
「んじゃ、お疲れーッス!」 「あぁ、雪原君。お疲れ様」 知信に手を振って部屋を出た。
栄治はふと思うところがあり、思い切って知信に話しかけた。
「風山さん」 「ん?何だい?」 「本、好きなんですか?」 「好きだよ。正直、三度の飯より好きって感じかな」 「歴史の本…ですか?」 表紙には明朝体で『雨夜譚-渋沢栄一自伝-』というタイトルが付いている。
「大学で副専攻が日本史だった事があってね。それ以来かな」 「あの…それじゃ、『ハチガネ』って知ってます?」 「鉢金は頭部——特に額への刀傷を避けるために、金属製の防護板を鉢巻きに縫い付けたもので、防具の一種だね」 知信はさらりと答えた。
栄治は期待を抱いて、さらに質問した。
「じゃあ、あの…『新選組』って知ってますか?」 「あぁ、有名だね。僕なんかは西村兼文の『新選組始末記』から入ったんだけど、面白い人たちだよ。この本でも多少、触れられているね」 「それじゃあ…」 「おーい!栄治ー。帰ろうぜー?」 「あ、あぁ!今行く」 忠一に呼ばれて、栄治は腕時計を見た。時刻はもう八時半を回っている。
今日はもう帰る事にした栄治は、知信に向き直った。
「あの、風山さん。今度、新選組の事、教えてくれませんか?」 「興味があるのかい?」 「はい。ちょっと…」 「もちろん、いいよ」 「ありがとうございます。それじゃ、お疲れ様でした」 「お疲れ様」 事務室を出た栄治は、入り口で待っていた忠一と外に出た。
「風山さんと、なんの話してたんだよ?」 「新選組の事。風山さん、歴史が好きで詳しそうだったから。今度、教えてくれるってさ」 「あー、実際よくわかんねぇもんな。『しんせんぐみ』。なら、ついでに俺も聞いとこうっと」 確かに栄治は、新選組に『興味』を持った。
だが、それは知信の探究心とも、忠一の好奇心とも違っていた。
自分が置かれた状況を知りたい。
今もポケットにある鉢金のせいで巻き込まれたこの騒動。
その鍵を握っているらしい新選組の事を調べれば、何か打開策が見つかるかもしれない。
そんな淡い期待があった。
先日の戦いに未だ興奮冷めやらぬといった忠一が、嬉々としてあの出来事を振り返る。
栄治は、とりあえず相づちを打つ。
まだ冷たさを含んだ春の風が、芽吹き始めた桜の枝を揺らしていた。