忠一を病院に送り出した翌日。
風は涼しく、草という草には夜のうちに降った雨の露が光っている。
花開き始めた桜の木々を横目に、栄治は意を決して紫影館に向かった。
「おはようございます。鳥井さん」 「あぁ、おはようございます。松永君」 厨房で仕込みに追われる鳥井さんに挨拶し、いつも通りにフロアに出ると、床にモップをかける彩と、カウンターでサイフォンを拭く知信がいた。
「栄治サン。オハヨーゴザイマス!」 「やぁ、松永君。おはよう」 「おはよう、彩。おはようございます、風山さん」 「そういえば、昨日くれたメールで、雪原君が入院したって言ってたけど…彼、大丈夫なのかい?」 「Oh yeah! 忠一サン、そんなにストマックェィクひどいのですカ?」 「あ、あぁ。その話しね」 (本当は、雪原が自分で話すのを待った方がいいんだろうけど…そうも言ってられないか) 忠一の入院治療費や、まともな入居先を今のうちに何とかしておかないといけない。
栄治は、一度深呼吸すると、神妙な面持ちで二人に臨んだ。
「あの…二人に聞いてもらいたい事があるんだ。雪原の事で…」 『忠一の事』と聞いて、二人は一斉に栄治に向き直った。
彩は勿論、知信もずっと休んでいる忠一の事は気になっていたのだ。
そんな二人の素振りを見て、栄治は心なしかホッとしていた。
これなら、忠一の事情も本心も、ちゃんと聞き届けてくれそうだ。
「昨日、風山さんに頼まれて、様子を見に行ったんだけど…。実は、あいつ——」 栄治は、昨日のうちに見た事、聞いた事、話した事を包み隠さず全て話した。
思ったとおり、彩と知信は真剣に聞いてくれた。
ポーカーフェイスな知信はニ、三度顔色を変えたくらいだったが、彩は忠一の本音を代弁でもしているように、話しによってクルクルと表情が変っていた。
No way...(ありえませン…) 「成程…。そういう事だったんだね」 「俺が言うのもなんなんですけど…あいつ、今本当に金に困ってるみたいで…けど、俺一人だけじゃどう頑張っても足りそうにないんです。だから、迷惑かもしれないですけど…協力してやってください!お願いします!頼む、彩!」 一気にまくし立てると、栄治は深々と頭を下げた。
ギョッとして彩がうろたえる。
「栄治サン…」 「…君は、他人のために、これほどまで熱心になれるんだね」 「え…?」 栄治は顔を上げた。
見上げると、知信がニコニコと微笑んでいた。
「いやいや、松永君はしっかりしているなと思ってね」 見れば、カウンター内の知信も、フロアに立つ彩も、肯定的な笑みを浮かべていた。
通じた。頼みが通じたんだ。
栄治は、感無量というのはこういう気持ちなのかと唐突に理解した。
「…あいつといると、嫌でもしっかりしなきゃなりませんから」 「Ha-ha-ha! そうですカ」 「これでは、どちらが年上かわからないね」 「だから…!俺は年上ですって」 和やかな空気がフロアに満ちようとした、その時。
(え…?) ヒュウという風切り音を栄治が聞いたかと思った瞬間、『それ』はもう届いていた。
ズドォンッ! 耳をつんざく轟音が、建物全体を激しく揺るがした。
「って、何だ!?」 Gunshot?(砲撃!?) 「外から…!?」 カウンターから飛び出した知信がブラインドを乱暴に上げる。
窓の外を見ると、向かいの民家の屋根の上に、芹沢一派が陣取っていた。
「ほぅ…。大ぇした威力じゃねぇか」 「初弾、標的の一階外壁に命中」 芹沢が満足げに鉄扇を肩に弾ませて弄ぶ横で、新見は冷静に状況を分析する。
「まずぁ、一丁上がりぃ!」 「上がりぃ!」 平山と平間が得意げに拳を突き上げた。
回天狗党が、紫影館に向かって構えていたのは
「あれは…!?」 「That's a cannon? 大砲!?」 「あちらが、あんな物まで用意していたとは…!」 小型の大砲が一門、開けた口から熱と硝煙をチリチリと吐き出していた。
砲身は壺を横にした程度の短さで、射程はたかが知れていたが、通りを一本挟んだだけの近距離から撃たれれば、侮れない破壊力だ。
「何の音ですか!?風山さん!皆さん、大丈夫ですか!?」 厨房のドアの向こうから、騒ぎを聞きつけた鳥井さんが叫んだ。
「鳥井さん!?ちょっ…来たら危ない!」 栄治は焦った。
この惨状と回天狗党を目撃されたら、何て説明すればいいのか。
「月島さん!」 「…OK!」 知信に目配せされた彩は、フロアに並べてあったテーブル二つをドアに立てかけた。
(て、手早い…!) ドアを塞いだ知信と彩の手際のよさに、栄治は驚いた。
「そこにいんのぁ、わかってんだ。隠れてねぇで、大人しく出て来な」 「おらおらぁ!観念しやがれ!でねぇと、店ごとぶっ壊すぞ!」 「ぶっ壊すぞ!」 外では、相変わらず屋根の上に陣取った回天狗党が、次弾を装填しながら脅しをかけてくる。
知信は決断した。
「…仕方ありません。出ましょう」 「ですガ、風山サン!それでハ…!」 「どの道、戦って彼らを倒さなければならないんです。なら、ここで篭城してても事態は好転しないでしょう」 「…やるしかない、って訳ですね?やっぱり」 栄治はあきらめの溜息を吐くと、すっかり携帯するようになっていた鉢金を取り出した。
一方、外では、栄治たちがまだ出てこないのと、爆煙が徐々に晴れてきたのを見て、芹沢は次の手を命じた。
「もう一発、お見舞いしてやれ」 平山と平間は頷くと、砲の角度を整えた。
「へい!」 「そんじゃあ——」 と、言いかけたその時。
屋根の真下から、既に変身した栄治が空中に身を躍らせた。
「「ぬおっ!?」」 突然現れたと思えば、砲の射線に堂々と身をさらした敵に、平山と平間は一瞬虚を突かれた。
その一瞬を突いて、栄治は居合いの型で刀を鋭く一閃させた。
誰一人として抜刀していなかった回天狗党は、栄治の一撃を後退って避けるしかなく、砲から引き剥がされていた。
砲身を飛び越えた栄治は、草履で屋根瓦をトンと踏みしめた。そして、周辺に転がしてあった残りの砲弾全てを下の路上にゴロリと払い落とした。
「悪いが…この砲は、もらい受ける!」 砲を奪われた事に気付いて、平山、平間、新見は内心歯軋りした。
「「畜生めっ!」」 「む…!」 「ほう…」 芹沢だけが、まるでこの状況すらも予測していたかのように、不敵にほくそ笑んでいた。
ふと背後に気配を感じた回天狗党は、目線を後ろに送った。
すると、予感通り。こちらも既に変身した知信と彩が、不意討ちを狙って斬りかかって来る所だった。
平山は知信の、平間は彩の一撃を、それぞれ抜き様の刃で受け止めた。
すぐに刀同士が離れ、双方が間合いを取り直す。
「後ろを取って不意討ちたぁ…。姑息な真似しやがって」 「しやがって」 「『兵は拙速を貴ぶ』。戦力、火力に差がある場合、少数勢は早く勝負をつけるべし。その為には奇襲も有効です」 毒づく平山と平間に、知信は不敵に微笑んで返した。
「で?俺らから大砲奪って、平山と平間を釘付けにして…そっから先ぁ、どうする?あのチビ助一人で、新見と俺が倒せるとでも、思ってんのか?」 芹沢が知信の作戦の欠陥を突く。
確かに、砲を手に入れたとはいえ、それを守っているのは、栄治一人。
とても、芹沢と新見の二人を相手に、守り通すのは無理があった。
が、栄治たち三人は誰一人として、動揺する素振りはない。
それを見た芹沢は、小手調べのつもりで命じた。
「…やれ、新見」 「御意」 低く答えたと同時に、新見は常人の数倍かと見紛う素早さで、栄治に突進する。
栄治は、気を引き締めて、正眼に構え待ち受ける。

(奴の動きは変幻自在。それを打ち破るのは、剣術ではなく…!) 新見が逆手から繰り出す右胴と、それを見越した栄治の左胴がぶつかり合った。
火花が飛ち散り、甲高い金属音が響く中。両者が次の動きをとろうとした矢先だった。
空気を切り裂く音と共に、いくつもの千本が新見に向かって放たれていた。
「むっ!?」 新見は地面に足が吸い付いているように素早く後退り、千本を避けた。 つい二秒ほど前まで新見が立っていた場所には、無数の針山が生えていた。
その場にいた全員が、千本がやって来た方角に目を向ける。そこには、ただ(いらか)の波がうねるのみ。
次の瞬間、右に目を向けてがら空きになっていた新見の左側に、黒い影が刃を突き立てんと躍りかかって来た。
「ぬ…!?」 目にも留まらぬ速さで剣戟を繰り広げた新見とその影は、大きく跳躍すると二軒隣の別の屋根に飛び移って対峙した。
睨み合った両者は、しばし動きを止める。
思ったとおり、千本の主は、あの忍装束。『監察方』と名乗った忍者だった。
(…忍術!) 栄治たちは、この時を待っていた。
知信は店を出る直前、三対四に火力不足という不利な状況を打破する作戦を授けていた。 その中には、あの監察方が応援に駆けつける事も作戦の内。
『目的が一致しとるんなら、協力するんが賢いと思うだけや』
監察方は、栄治たちを助けたわけではない。 が、回天狗党を成仏させるという目的では、栄治たちと利害が一致する。 なら、個別に戦うよりも、共同戦線を張った方が、賢明だと判断してわざわざ伝えてきた。
だとすれば、これほどの大立ち回りをやらかせば、この機に乗じて監察方も必ず現れるはず。
知信はそう踏んで、奇襲を仕掛けるという賭けに出たのだ。
「よく来てくれました!」 「半信半疑でしたけどね」 我が意を得た知信と彩は、再び平山と平間にそれぞれ挑んだ。
「ナメるなよ!ぬるま湯時代の人間が!」 「人間が!」 四者四様の剣戟が始まった。
それを尻目に、芹沢はその巨体で栄治の前にどっしりと立ち塞がっていた。
「ほう。橋ン時に横槍を入れやがった奴か…。だが、一人増えた所でどうなる?一対一なら、俺に勝てるとでも?」 「まさか。そこまで自惚れてはおらぬ」 勿論、それが無理な事は、橋上での戦いで証明済みだ。 栄治はまともに戦って勝てるとは、これっぽっちも思っていない。
ただ、知信に言われたように、相手の戦力を確実に削ぎ落としていく。 その過程で、自分は芹沢の注意を引きつけておく役目があった。
他の三人がそれぞれの敵を確実に各個撃破出来る状況を作る為に。
「だったら、甲斐甲斐しく囮役でもかって出たか?」 図星を突かれた。
栄治は悟られまいと、表情を変えないよう努めた。 だが、極度の緊張感から顔の筋肉が言う事を聞かず、頬の端が嫌がおうにも引きつってしまう。
「…さぁ?どうであろうな」 芹沢は抜刀もしないまま、じりじりと間合いを詰めて来る。
平静を装ってはいるが、栄治は嫌な汗をかいている事を自覚していた。
敵は、刀を抜いてすらいない巨漢一人。というのに、隙だらけのようで隙がない。
相手のペースで攻撃させて勝てないなら、こちらのペースで攻撃して活路を見出すしかない。 だというのに、芹沢という相手には、仕掛ける場所が見つけられない。
守るも攻めるも、敗北がちらつく強大な敵に、栄治は気圧されそうだった。

芹沢の向こうから、数件先の屋根の向こうから、刃と刃がぶつかり合う音が続く。 自分だけではない。こうしている間にも、知信たちは体力と神経をすり減らしている。
栄治は意を決して、右手でぶら下げていた刀をするすると右下段に構え直した。
それを見た芹沢が、ピタリと歩みを止める。
その刹那。
芹沢の視界から栄治の姿が消えた。
否。栄治は身長差を逆手に取って、全速力で膝を沈めて、芹沢の懐に飛び込んでいたのだ。
「はっ!」 右下段から、栄治は芹沢の喉下を狙って、鋭い突きを繰り出した。
しかし、一撃必殺を狙った栄治の攻撃は、またしてもかわされていた。
芹沢はその場から一歩たりとも動かなかった。
右足を半歩退き、素早く半抜きにした刀の鍔元で、栄治の突きを防いでいた。
(な…!?) 橋上の戦いの時といい、今回といい、信じがたいほどの身のこなしと判断力の速さ、そしてその巨体からくる怪力を芹沢は持ち合わせていた。
「ふん…」 やれやれというふうに芹沢が鼻息を吹いた瞬間。
一瞬の挙動の遅れを突かれて、栄治は屋根の縁(へり)まで吹っ飛ばされ、弾みで砲身に背中を強く打ちつけた。
「ぐ…っ!」 膝を折ったまま体勢を立て直すも、既に目の前には抜刀した芹沢が迫っていた。
「こ…!」 「終わりだ」 ガキィン!と凄まじい金属音が響いた。
芹沢の上段斬り下しを避ける間もなく刀で受けた栄治は、その衝撃の重さで屋根から突き落とされる格好になっていた。
「…っ!松永君っ!」 「栄治さんっ!?」 敵の背中越しに見た光景に、彩と知信が叫んだ。

落ちる。
栄治はすぐさま着地の体勢をとろうとしたが、芹沢の一撃を受けた反動で思うように手足が動かない。
自分が落とした砲弾が散らばる路上に、真っ逆さまに落下していくしかない事を理解した。 良くて、コンクリートに叩きつけられて全身打撲。悪くて、砲弾の上に落ちて脳天が割れる。
視界の隅で、屋根の縁で仁王立ちする芹沢が、ぐんぐん遠ざかっていく。 その分、自分は路面にどんどん近づいているとわかる。
せめて、彩の時みたいに下が水だったらよかった…。
鉢金の思考に自身の思考が割り込むのを感じた栄治は、確実に身を砕くであろう衝撃に備えて無意識に身を硬くした。

——自分は、どうなった?
道路に叩きつけられたにしては変だ。地に足が着いてない。
そうだ。今、肩をつかまれたような感じがしなかったか? 自分は、今どこに体重を預けている?

はっとして状況を確かめた栄治は、驚愕に目を丸くした。 落ちてきた自分を受け止めたのは、そこに来るはずのない人物だった。
「ふぃー…!われながら、ナイスキャッチ♪」 息を切らしながら、ニッと歯を見せてウィンクしてみせたのは、見知った癖っ毛の青年だった。
「ゆ…雪原!?」 栄治が叫んだのを聞いて、知信と彩も忠一の存在に気付いた。
「忠一さん!」 「君は、まだ入院中のはず…!?」 屋根の上で未だ平山、平間と対峙していた二人を忠一は見上げて言った。
「今さっき、退院してきた!」 すぐさま、問題発言に突っ込みが入る。
「偽りを申すな!」 「確か、全治二週間と聞いていましたが?」 「昨日の今日で退院なんて、ありえません!」 連発された耳の痛い指摘に、忠一は思わず口を尖らせた。
「んな、集中攻撃すんなっつーの。しゃーねーだろ」 一旦言葉を切ると、忠一は栄治を地面に降ろした。そして、ジャンパーのポケットを探った。
「こいつに…呼ばれちまったんだからよ」 その手には、青白い光を帯びた槍の柄がしっかりと握られていた。
「見たトコ、なーんか不利そうじゃん?加勢するぜぇ!」 忠一が張り上げた声に、槍は応えた。
思い出したように、栄治は一歩離れる。
放たれた強い光の中で、忠一はだんだら羽織に長槍を携えた姿に変身していた。
格好が変わった自分自身を確かめるように、忠一は頭上で得物を一回転させ、右腕を引いて構えた。
「さぁて…暴れるぜぇ!」 忠一が遂に変身した事を目の当たりにした一同は、驚きを隠せなかった。
「畜生め!栗頭まで『憑巫』になりやがったか!」 「なりやがったか!」 敵に余計な戦力が増えた事に、平山と平間は苛立ちをぶちまけた。
「これも、計算の内…でした?」 チラリと視線を送る彩に、知信はにっこりと笑って返した。
「勿論…予想外です。うれしい予想外ですがね」 彩は、知信にも予測できない事があるのかと思いつつ
「…はい!」 と、力強く同意した。
一方、忠一は屋根の上で繰り広げられている、三つの戦いを順々に見回した。
「えーっと…。ヒラヒラコンビは風山さんと彩、白髪(しらが)忍者は河童忍者が押えてる、と。んじゃあ、俺は…」 忠一は不敵に笑って、屋根の上の芹沢を挑みかからんばかりに見上げた。
「大物の鴨に、お相手願おっかね」 忠一と芹沢の視線が、バシッとぶつかり合う。
「雪原…」 その横から、栄治は確かめるように声を掛けた。
腹の傷は本当に大丈夫なのか?そんなんでまともに戦えるのか?
栄治が続ける暇もなく、忠一は彼の方に振り返って言った。
「それとも、なにか?二人がかりじゃ、『ニワトリを裂くのに牛汁をもちいる』か?」 「…美味そうな組み合わせだが、それを言うなら『牛刀を用いる』だ」 「だはは!そっか、そっか!」 空いている左手で膝を叩いてケラケラと笑う忠一を見て、栄治はフッと口元を緩めた。
「むしろ、鶏に牛刀どころか…虎に針だ」 そして、栄治は決断する。
「行くぞ!」 「よっしゃあっ!」 栄治の音頭に忠一が応えたのと、二人が芹沢目がけて踊りかかったのとは、ほぼ同時だった。
「おおぉぉっ!」 「どりゃああぁぁぁっ!」 栄治の上段が、忠一の突きが、一直線に芹沢を捉える。
——かに見えた。
またもや、一瞬だった。
芹沢は栄治と忠一の攻撃を無駄なく捌くと、屋根の奥へと退いて間合いを取り直した。
忠一は、砲撃で壁に大穴が開いた紫影館を背に、屋根の上に立った。
一方、栄治は芹沢が忠一に気を取られているわずかな隙に跳躍し、芹沢の背後を取った。
二人に挟み撃ちにされた状況でも、芹沢はまるで動じない。 力の差を見せ付けるように、余裕で刀の峰を肩に担いでいた。
栄治が芹沢にもどこか隙がないかと観察に集中する一方、忠一は芹沢の態度に億尾もせず高らかに啖呵を切った。
「この俺が来たからにゃ、もうお前らの勝手にゃさせねーぜ!覚悟しなっ!」 芹沢はフンと鼻で笑った。
「威勢だけは、一丁前だな」 それを見た忠一が、カチンとくる。
「んだと!?」 「そういう台詞は、一度でも手柄を立てた事のある奴だけが言えるんだよ」 「そんじゃ、望みどおり立ててやらぁ!今、ここでなっ!」 「馬鹿!よせ…!」 栄治が止める間もなく、忠一は槍を八双に構えると、猛烈な勢いで芹沢に突進した。
刀の芹沢に対して、忠一は槍。
忠一にとっては一刀一足の間合いだが、芹沢の刀は忠一には届かない。
「もらったぁっ!」 槍そのものがスルリと伸びたように、その鋭い穂先が芹沢に迫る。
が、切っ先が届くかと思った時。芹沢の姿は、忠一の視界から消えていた。
「ぅえ…っ?」 「雪原っ!右だ!」 芹沢は忠一の突きを紙一重でかわすと、左足を軸にして半回転し、忠一の伸びきった右腕の外側に回りこんでいたのだ。
栄治が言い終わらないうちに、忠一は右の顔面をしたたかに打ち据えられていた。
「ぅおっ!?」 バランスを崩した忠一は、そのまま屋根の斜面を転がり落ちて行く。
「甘ぇな」 芹沢がとどめを刺そうと、忠一を追おうとした時
「どこを見ている?」 その声に振り向くと、既に栄治は芹沢との間合いを詰めていた。栄治の袈裟斬りと、芹沢の左胴がぶつかり合う。
忠一の方はすんでの所で上体を起こすと、雨どいの溝に石突をつっかえさせて、これ以上の滑落を止めた。
「ふぃー…危ねぇ、危ねぇ」 屋根の上を見上げれば、互いの一撃で弾かれた栄治と芹沢が、再び間合いを取り直して、対峙していた。
栄治は、忠一が落下をまぬがれた事を確認すると、上から思わず言いとがめた。
「一人で独走するな!挑発に乗ってどうする!?」 「しゃーねーだろ!ムカつくじゃねーかよ!」 「ただでさえ、厄介な相手にそれで勝てると思ったか!後ろから援護するなりしたらどうだ!」 「ぅるっせ!命令すんなっつの!」 「おいおい。早速、仲間割れか?」 言い争いを始めた二人を芹沢がフンと嘲った。
——と思った途端。芹沢は、一足飛びで栄治の間合いに迫っていた。
「世も末だな」 (速い…!) 驚異的な飛び込みの速さに、またもや栄治は一瞬反応が遅れた。
今から間合いをあけて、避ける余裕はない。 かといって、下手に受ければ、また刀ごと吹っ飛ばされかねない。
栄治は——否。『鉢金』は腹をくくった。
芹沢が右袈裟に繰り出した一撃を、栄治は正眼から(しのぎ)で捉えた。
芹沢は、やはり圧倒的な力でそのまま押し切ってくる。
——だが、ここである『異変』が起きた。
芹沢がそれに気付いた時、栄治の技は既に動き出していた。
芹沢の刃を、栄治の刃がピタリと捉えていた。
受け切れない攻撃は、捌いて受け流すのが基本だ。 そこを栄治は、あえて交えた刃を離す事なく、鍔競り合いから相手の首を狙う斬撃につなげようとした。
文字通り、右に振り抜こうとする芹沢の刀と、その切っ先を目掛けて滑り落ちていく栄治の刀が十文字に交差する。
芹沢の剛力をもってしても、栄治の刀は決して離れない。レールの上の車輪の如く、刃の上をどこまでもたどって来る。
「ちぃ…っ!」 栄治の刀が、芹沢の首に迫る。
間一髪。芹沢は右手を柄から離して交差を解き、大きく後方に退いた。
形勢逆転を狙った栄治の技は、紙一重でかわされた。
が、芹沢は今度は背後に気配を感じ、振り向き様に右中段に構えた瞬間、鋭く光る穂先が視界に入った。
それは、芹沢に気付かれぬよう屋根に登ってきた忠一の一撃だった。
「『後ろから援護』すんだろ?」 「上出来だ」 忠一と栄治は言い争いと見せかけて、コンビネーションを確認していたのだ。
「まだ、手前ぇがいたか。忘れてたぜ」 「じゃ、覚えとけよ。行くぜぇ!」 忠一の突きを捌いた芹沢だったが、忠一は息をつく間もなく、石突き、下段、上段と次々に打ち込んだ。
芹沢は、それらをすべて紙一重でかわしていく。
忠一は槍を一度大きく振り回して芹沢を牽制すると、芹沢に足払いを仕掛けた。
「うおりゃあぁっ!」 当然のようにそれを見越していた芹沢は、空中に跳んでそれを避けた。
槍は間合いが有利な分、動きが大振りになりがちで次の技を読まれやすい。
が、またもや芹沢は別方向に気配を感じた。 斜め後ろには、八双に構える栄治の姿が合った。
「お…!?」 芹沢が宙に跳ぶと同時に、栄治も芹沢に向かって跳躍していたのだ。
二人は、未だ地に足が着いていない。
芹沢には、普通の攻撃は全てかわされてしまう。 それなら、姿勢を変える事が困難な空中でならどうかと栄治は考えた。 案の定、芹沢は振り向く以上に姿勢を変えられない。
栄治は確信し、渾身の一撃を振り下ろした。
「はっ!」 栄治の袈裟斬りが入った。
二人は同時に間合いを取って着地する。
すぐさま構え直す栄治に、芹沢はゆっくりと振り返った。
「うっし!やったか!?」 忠一は、芹沢が倒れないかと固唾(かたず)を呑んで期待した。
不意に、屋根の上を冷たい風が吹き抜ける。
はためく芹沢の着物の左袖は、腕ギリギリの所までバッサリ切られていた。
「うっわ!惜っしーい!」 忠一が自分の額をペシッと叩いた。
(浅かったか…!) 栄治は依然険しい表情で、手応えがなかった事を悔いた。
芹沢の方はいえば、さもうれしそうに昂った笑みを浮かべていた。
「ほぅ…。やっと面白くなってきやがった」 芹沢の本気に火がついた。
と思いきや。芹沢は見るも鮮やかな動きで、刀を納めてしまった。
栄治と忠一は、狐につままれたような顔になった。
「…と、言いてぇ所だが。勝負はまだお預けだ。引き上げるぞ!」 新見たちに指示を飛ばすと、芹沢は通りを挟んだ向こう側の屋根に飛び移り、あっという間に瓦(いらか)の波間に姿を消した。
「ヤロ…!逃がすかよ!」 そのまま追いかけようとする忠一を栄治が制止する。
「待て!追撃はするな。長期戦はこちらが不利になる」 忠一はキッと栄治を睨んだが、すぐに渋々構えを解いた。
「ちぇっ。仕切りなおしか」 辺りを見回すと、いつの間にか回天狗党全員が消えていた。
不意に、栄治は頬に何がが触れたような気がした。それは、忠一も、知信も、彩も同じだった。
やがて、その一滴は大きな流れとなって、頭上に降り注いだ。
春雨だった。
栄治たちは、姿を隠した監察方をのぞく全員の無事を確かめ合いうと、砲と砲弾をダストボックスに押し込めて変身を解いた。
四人はくたくたになりながら、紫影館の軒下で雨をしのいだ。
「あーぁ…。店、滅茶苦茶…」 大穴を空けられた壁を見上げ、栄治はため息をついた。
「Oh, No...!」 「すぐに業者さんを呼んで、フルピッチで修理してもらうしかないね」 「風山さんも、俺ら借金組の仲間入りっスね!うははっ!」 「笑い事か…!」 こんな状況にもかかわらず能天気な忠一を栄治はたしなめた。
忠一は栄治の方をチラッと見やると、ニッと笑ってこう言った。
「栄治も出してくれんだろ?バイト代と小遣い、全部かき集めて」 「あ゛…!」 ここでその話しを蒸し返されるとは思わなかった栄治は、思わず表情が硬直した。
忠一は、続いて知信と彩の方にも顔を向ける。
「彩と風山さんにも、頭下げとくかなぁ。ゴチになるんだし」 「んっ…!?」 「Uh-on...!」 栄治に続いて、知信と彩も思わず顔を強張らせる。
「あ!あと、そーだ!花咲さんにゃ、立ち会ってもらった礼言わねーとな♪」 「ちょっと待て!いつの間に…!?」 唐突に出た望の名前に、栄治はどういう事かと聞き返した。
「つーか、ぐーぜん担ぎこまれた病院でバッタリ会ってよ。実習?とかで病院来てたトコだったっつってたぜ」 「そ、そうか…」 医大生である望なら、さもありなんといった所か。
栄治が取り合えず納得する横で、知信が何を思ったか、右手の拳を左手の平にトンと落とした。
「あぁ、そうだ。皆に聞いておきたい事があったんだけど…丁度、全員そろっている事だし、今いいかな?」 「えっ?」 「何スか?」 「どうしましタ?」 「彼らが徒党を組んで『回天狗党』を名乗る以上、僕たちにもそれ相応の名前があっても、いいと思うんだ。どうかな?」 知信の提案に、忠一の彩が乗り気になる。
「Oh! チームネームですネ!グッド・アイディアでス!」 「いーじゃん、それ!そーだなぁ…よっしゃ!『ダンダラ戦隊マコトレンジャー』とか?」 「おい…!」 特撮ヒーローをもじったようなネーミングに、栄治は反対の意を表した。
Well...(えーと…) Oh! これはいかがでス?『サムライ5(ファイヴ)』!」 「何か安直だな…」 「そうでしょうカ…?」 「じゃ、文句ばっか言ってねーで、お前もなんか考えろよ!」 「バンドやサークルじゃあるまいし。別にグループ名なんかいらないだろう」 「んな、つまんねーコト言うなっつの!」 「そうでス!もったいないでス」 面倒くさがる栄治に、忠一と彩が抗議する。
「幽霊戦士部隊…」 言ったのは、知信だった。
忠一が目の色を変えて、ずいっと乗り出す。
「略して?」 「略すな」 栄治の突っ込みも意に返さず、知信はニッコリ笑って続けた。
「『幽士隊』というのは、どうです?」 感嘆の声が上がった。
「おぉっ!いーんじゃないッスか、それ!」 「It's the cool! 格好いいでス!」 手を叩いて驚喜する忠一と彩を横目に、知信が「逃がさないよ」とばかりににじり寄って栄治に訪ねた。
「どうかな?松永君」 知信の必殺技とも云える有無を言わせぬアルカイックスマイルに、栄治は観念せざるを得なかった。
「いいんじゃないでしょうか…」 困ったようにぎこちなく笑った顔で、栄治は曖昧に答えた。 ほんの少しの嬉しさを悟られまいと隠しながら。
「こんにちは」 場違いにはんなりとした声がした。
そこには、望の姿があった。三日月文様を染め抜いた蛇の目傘風の雨傘を差して、道に立っている。
「あ、花咲さん」 望は、きょとんとした顔で小首をかしげた。
「何ぞ、おしたんどすか?」 栄治たちはギクリとした。
壁には大穴が空き、店内から道路までその破片が飛び散っている。 明らかに「何でもありません」では済まされない。
「いや、その…実は、ちょっとした『事故』が起りまして…」 「そ、そうそう!『事故』が…ね」 So, It's the accident!(あくまでも,事故でス!) 知信の言い訳に、栄治と彩も口裏を合わせる。
「そら、災難どしたなぁ。…せやし、皆さんがだいじおへんでよろしゅおした。ほな、今日の所は出直しまひょ」 馴染みの店の惨状を気遣いつつも事の次第を追求しようとしない望に、全員が胸をなでおろした。
その時
「ぐぅお…っ!?」 不可解なうめき声がした。
見れば、顔色を真っ青にした忠一が、腹を抱えてうずくまっていた。
「雪原!?」 「忠一サン!?」 「雪原君、どうしたんだい!?」 とっさに駆け寄った三人に、忠一はぎこちない動作で顔を向けた。
「き、傷口…開いた…」 「「「えぇ———っ!?」」」 それを聞いた三人が、思わず大声を上げる。
「あのような無理すれバ、傷悪くなル!当然でス!」 「そうだねぇ。助かったのは事実だけど、病院脱走はいただけないな」 「そんな事より、救急車、救急車…!」 携帯電話を探す栄治に、望が提案した。
「うちでよろしゅおしたら、病院まで付き添いまひょか?」 知信が瞬時に判断する。
救急車を呼んでここで待つより、こちらから車で病院に出向いた方が早い。
「では、大変申し訳ありませんが、よろしくお願いします。裏の駐車場に車がありますので、すぐに回して来ます」 「常連のよしみどす。喜んで」 「ありがとうございます」 にっこりと微笑む望に、知信は深々と頭を下げると、愛車を取りに走っていった。
その後。
知信の運転で望と忠一を病院に送り出し終えるまで、鳥井さんが厨房に閉じ込められていたのは言うまでもない。