一方、その頃。 忠一、彩、知信は、茂の陰から天守の様子を伺っていた。
「どうやら、僕らの助けは必要なかったようだね」 「すっげー…!栄治のヤツ、マジで一人でたおしちまったよ」 He's ability immense...!(彼は底が知れませン…)まだ昨日の今日だというのニ、あのモーションは驚異的でス」 この前の激闘と、『憑代』の疲労は、一体どこにいったのか。
三人は、栄治と『鉢金』の目覚しい戦い振りに只々圧倒されていた。
Amazing!(すごいでス) アレほど強力だった敵の一角を、ついに陥とせましタ!!」 彩は隠れている事も忘れて、ガッツポーズでその喜びを表した。
それを横目に見た知信は、わずかに緊張が解けて口元をほころばせた。
「えぇ。これは傀儡殲滅に続く大戦果です。そうとわかれば、長居は無用ですね。松永君と合流して、すぐに戻りましょう」 最悪の予想がやって来なかった事に、知信はホッと胸をなでおろしていた。
藤堂の誘いに乗る形で、ノコノコ出て来てしまったのだ。 実力で勝る回天狗党が、弱った幽士隊を袋叩きにするつもりかもしれない。 そんな一抹の不安が、ずっと知信の脳裏にひっかかっていた。
知信の指示を受けて、忠一がはしゃぎながら茂みから広場に向かって大きく手を振った。
「そっスね!おーい、栄治ー!帰っ…!」 ひゅう…と、唐突に耳に入ったのは、かん高い風切音だった。
続いて、空気を切り裂いた音源を弾く鋭い金属音がキンと響いた。
「ぃいっ!?」 突然の出来事に、忠一は肝を潰した。
「今の音…!?」 知信は、鼓動が乱れる心臓を必死におさめようとしながら、音の原因を探して周囲を見回した。
三日月の薄明かりの中、鈍く光るものが目に入った。間近の地面に、交差した一本の苦無と千本が落ちていた。
「これは…!?」 「っつーコトは…!」 目を見開いて驚く忠一の隣で、知信は最悪の事態の襲来を予期して硬直する。 冷や汗と共に湧き上がってくる二人の不安を彩が裏付けた。
Look out!(アレを…!) 例の忍者でス!」 彩が指差した先には、木の上からこっちを睨みつける新見がいた。
「げっ!?白髪忍者!」 新見は容赦する事なく、さらに右手から四本の苦無を投げ付けた。
避ける事も忘れて浮き足立つ三人の前に、どこからともなくもう一つの影が降ってきた。
「ぉうわっ!?」 弾かれた苦無が、バラバラと地面に散らばった。
「Oh...!You is...?(あなたハ…!?) 苦無を防いだ影の正体は、監察方だった。 『まだ』非戦闘員である三人を新見から庇うように両者の間に立ち、右手には四つの千本を構えている。
「何しとるんや!こないに迂闊な御仁やとは思わんかったで!」 監察方は背を向けたまま、知信の軽挙を厳しく咎めた。
「すみません。この松永君との決闘は、おそらく藤堂平助の独断。であるなら、他の仲間は今夜の果し合いを知らないものだと判断したのです。しかし…」 そこに油断があった。
知信の反省は、彼らの目の前で早くも現実のものとなっていく。 四方の物陰からは、新見に続いて、平山、平間、そして——
(天狗の面!…やはり、罠か!) 幽士隊は、回天狗党の包囲網の中にすっかり閉じ込められていた。
「ぐげげっ!?おいおいおいおい!マジでヤベーんじゃねーの、コレ!?」 「危険でス!コノままでは、デッド・エンドでス!」 「申し訳ない。前に続いて、僕とした事が…!」 危機感露わにする二人を前にして、知信は自分の読みの甘さに内心歯軋りした。
「外してしもたもんはしゃーない。けど、この状況はしゃーないじゃすまへんで?」 監察方の叱責に、知信は思考を切り替えた。 今、立たされたこの窮地をどう脱するのかという思考に。
「…おっしゃる通りです」 「それでハ…」 「おう!いっちょ、やったろーぜ!」 動揺を必死に抑えようと喋り続けながら、三人はそれぞれの憑代に、また力を借りる事を選んだ。
広場に一人立ち尽くしていた栄治は、遠くからの物音と騒然とした声ではっと我に返った。
そして、忠一たちが隠れているはずの雑木林の異常に気付いた。
「皆!?」 駆けつけようと身をひるがえした時、目の前に大きな壁が立ち塞がった。
「おっと。待ちな」 反射的に飛び退いて間合いを取った栄治は、その壁の正体が芹沢だと知った。
「お前の相手は、この俺様だ」 悠然と立つ芹沢は、不敵に口元を歪めた。
全員が変身したのを確認すると、知信は指示を飛ばした。
「月島さんは平間重助、雪原君は平山五郎に!私は天狗の面の男に当たります!監察方さんは…」 「言われるまでもないで。引き受けたわ」 監察方は知信の頼みを汲み取って、木の上の新見に向かって跳躍していった。
「ほんじゃあ、俺たちも行くか!」 「はいです!」 「散っ!」 知信の合図で、忠一と彩もそれぞれの相手に向かって走り出した。
「今日こそ決着をつけてやるぜぇ…!かかって来やがれ!」 「来やがれ!」 待ちわびていた敵を前にして、平山と平間は闘争心に火がついていた。
上空では監察方と新見が既に戦い始めており、飛び道具を投げ合っては木から木へと飛び移っている。
月下に夜桜が淡く照らし出される中、八人の幽霊戦士が全身全霊を懸けて激突した。
広場で芹沢と対峙する栄治は、加勢に行きたくとも、その場を動く事が出来なかった。
芹沢は抜刀も身構えもせず、相変わらず隙だらけのようで隙がない。
そんな芹沢の気を少しでも散らそうと、栄治は今までためていた疑問をぶつけた。
「何故だ?何の為に回天狗党などという徒党を組んで、このような暴挙に出る?」 「『何の為か』…だと?」 愚問だなとばかりに、芹沢は鼻を鳴らした。
「ふんっ!決まってんだろ?…尊皇攘夷の為だ」 芹沢は、いともあっさりと答えた。
「『尊皇攘夷』?」 さらなる疑問を生じた栄治を前に、芹沢は悠々と語り始める。
「今のこの国を見ろ。何もかもが異国にかぶれきっちまってる。爪先から頭の芯までな。まるで西欧列強の奴隷だ。俺たちゃあ、そうさせねぇ為に幕末で命を懸けたんだぜ?これじゃ、まるっきり無駄死にじゃねぇか。この時代の奴らの目を覚まさせるにゃあ、一丁派手な祭り騒ぎをやらかすのがいい薬になるってもんだろ」 「首都を乗っ取り、百三十年後の時代を混乱させる事が、本当にこの国の為だと思うのか?」 「これが俺のやり方だ。誰にも文句は言わせねぇ」 「ここは今を生きる者たちの世界だ。お主ら過去の亡霊に、この時代に手出しはさせん!」 「ふんっ!言ってくれるな。俺たちが亡霊だ?じゃあ、お前たちはどうなんだ?」 「何…?」 「物に未練がましく思念を残し…そうやって、この時代の奴らに憑り付いてるお前たちと、俺たちの一体ぇ何が違うってんだ?え?」 芹沢の問いが栄治を、そして彼と共にある『兵』の意思を穿つ。
栄治に代わって、問われた『鉢金』の意思が栄治の口を借りて答えた。
「…貴方と我々とは、違う」 「どう違う?」 「それは、貴方が一番よく解っておられる筈。我らの…亡霊の居場所など、この時代の何処にも無い。我らも貴方方も、この時代に居るべきではない。…否!居てはならぬのです」 「ふん…。そう言う"お前さん"は、俺たちにも近藤たちにも見られなかった時代を見てきたようだが…どうだった?」 「まぁ…なかなかに面白いものが見られました。故に——」 そこまで言うと、『鉢金』の意思はカチリと鯉口を切らせた。
「貴方方の怨みは、我らがここで断ち切る…!」 「…言うようになったじゃねぇか。"文久三年九月十六日(あの時)"は俺を殺しに来なかったお前さんだが、どうやら要らねぇ同情心からじゃあなかったようだな。安心したぜ」 静かだが挑戦的な口調で、芹沢はスルスルと刀を鞘から抜き出していく。
長身巨躯の芹沢に相応しい長刀は、鈍い光を放ち、栄治の持つ得物より大きく重く見えた。
「お前さんも剣客なら、剣客らしく力尽くで止めてみせな。お前さんが選んだその憑巫の——『この時代』の力とやらでな」 「言われずとも」 栄治は左下段に構えたまま、芹沢に仕掛ける時を今か今かと見計らっていた。
中段から、横薙、小手、斬り上げと連撃を繰り返してくる平山に、忠一は槍を中段の位置に保って捌き続け、じりじりと後退していった。
「どうした、どうしたぁ!?さっきまでの勢いは、どこ行きやがったんだ!」 押しているとはいえ、林と茂みの中では前進か後進しか出来ず、平山も槍の懐にはなかなか飛び込めない。
忠一に至っては、槍使いにとって最も不利な場での戦いを強いられていた。
「けっ!口先だけで、かかって来れねーヤツに何言われようが屁でもねーぜ!」 とは言いつつも、忠一は本音では、今すぐにでも平山をぶちのめしてやりたかった。 だが、「それでは負ける」「自滅するだけだ」と忠一の中で助言する『声』がいた。 『槍』に宿った意思は忠一の気持ちに同調しながらも、「焦って勝機を逃すな」と忠一を諭した。
反撃の機会を待たなければならない苛立ち。もともと気が短い忠一は、悪態をつく事でその苛立ちを彼なりに消化していた。
忠一は『槍』の意思が導くままに、手元のわずかな角度の違いを槍の穂先に上手く伝え、平山の剣を巧みに捌いていた。
木立を隔てた向こう側では、彩が平間を相手にヒット・アンド・アウェイで小手や浅い突きを繰り返しつつ、忠一の後を追う形を作っている。
やがて、両者は林を抜けて、御堀の広場とは反対側に出た。 そこは、天守まで続く玉砂利の道だった。 地元の利用者や観光客を見込んで作られたおかげか、道幅も広場並みの空間がある。
桜の花びらは舞っていない。夜風は既に止んでいた。
「よっしゃ!ガマンしてやんのも、ここまでだ!」 忠一は嬉々として、待ちきれずに動き出した。
平山の右小手を穂先を大きく返して反らして体勢を崩させておいて、自身は間合いを遠く取り直した。
「さぁ!こっからが本番だ!行くぜ!」 「へっ!強がりを!」 牽制と威力増大のために槍を大きく回転させる忠一に、平山も臆する事なく向かって来た。
「どぉりゃああぁぁーっ!」 「ぅおらぁっ!」 忠一は槍を振り上げて上段から、平山も刀を振りかぶって上段から斬り込んだ。
平山の刀を、忠一は回転させた穂先で弾き返した。
「ちっ!畜生が…!」 その勢いに、平山は下がらざるを得なかった。
遠心力の加えられた槍の方が、ぶつかり合いでは威力が大きい。 その上、間合いが遠い槍に刀で対峙している以上、迂闊に近づけば不利になるだけだった。
「オラオラ!どした、どしたぁ?ボサッとしてねーで、かかって来いよ!」 血気にはやる忠一は、平山を焚きつける。
「ンだと、こらぁ!?」 平山が売り言葉に買い言葉で吠え掛かる。
槍は上段、刀は右正眼。
平山は何度も忠一の間合いに飛び込もうと迫るが、その度に槍に邪魔され、間合いを遠く保つしかなかった。
「くそがぁ…!一度ならず二度までも…手前ぇらに騙し討ちされっぱなしじゃあ、こちとら気が済まねぇんだよ!」 幕末に暗殺された怨みと無念が、燃え上がる怒りとなって今の平山たちを突き動かしていた。
業を煮やした平山は、少し離れた場所で彩と睨み合っていた平間にチラリと目配せした。
(こうなりゃあ…平間!) (おう!平山!) 合図を受け取った平間は走り出し、彩の巨体の横をスルリとすり抜けて行った。
「へっ!遅ぇ!」 彩はその体格故に小回りが利かず、反応が遅れてしまった。
「しまった!忠一さん!」 彩は、平間が背を向けている忠一を真っ直ぐ目指しているのを悟った。
すぐに平間を追いかけるが、間に合いそうもない。
「死ねやぁ!」 平間が背後の死角に迫っている事は、彩が教えてくれた。 だが、忠一はすぐには迎え撃つ体勢をとれない。 平間に振り向いた途端、今度は平山が忠一の背を狙う事は目に見えている。
そこで
「やられっかよ!」 「ぐぅ…!」 忠一は振り向きざまに槍を繰り出し、平間を袈裟斬りに繰り出してきたその刀ごと薙ぎ払った。 平間が攻撃を繰り出そうとした、まさにその瞬間だった。
忠一はあえて平間に間合いを詰めさせ、紙一重で捌く方法で切り抜けたのだ。
再び体勢を立て直して中段に構えながら、忠一は平山と合流した平間の両者を睨める位置をとった。
「忠一さん!」 「おぅっ!さっきは、あんがとな!」 彩も忠一に合流し、戦局はいつしか二対二に持ち込まれた。
「幕末の仇をここで討つ!覚悟しやがれ!」 「しやがれ!」 平山は八双、平間は右下段にそれぞれ構えると、同時に突っ込んで来た。
忠一と彩はそれを身構えて待ち受ける。
「来ます!」 「合点っ!」 平山と平間は、見事なまでにピタリと同じ動きで迫って来る。
(う…!?) (どっちだ…?どっちが来んだよ!?) 一体、どちらがどちらに当る気なのか? 忠一も彩も、一瞬判断に迷った。
「「行くぜぇっ!」」 平山と平間が同時に叫ぶ。
忠一と彩の目前にまで来て、二人は初めて左右に別れた。
平山は彩、平間は忠一にそれぞれ当る為、ジクザクに走り込んで来る。
「おらおらおらぁ!」 直前まで標的を定められなかった忠一は、平山に接近を許してしまった。
「ヤベェ…!」 慌てて、槍を左脇に低く構えると、平山の面を右上段で受けた。
槍は間合いが遠い分、刀や小太刀など小回りの利く得物で懐に入られると対処のしようがなくなる。
すかさず忠一は、添えた左手を引き戻しつつ、右手を突き出して槍を半回転させた。
石突で、平山の左側面を狙った一撃だった。
だが、見えない左側への攻撃を常に警戒している平山である。 正眼の刀をさっと縦に構える事で、忠一の一撃を防いだ。
石突を弾き返した平山に、忠一は再び槍を反して穂先で大きく薙ぎ払った。
忠一の狙い通りに、平山は一旦後退して間合いを空けた。
だが、安心している暇はなかった。
平山はすぐに左中段に構えながら、再び忠一との間合いを詰めてくる。
同じ頃。
「うおぉっ!」 「おらぁっ!」 彩は右袈裟から、平間は右下段から、一撃を狙ってぶつかり合う。
激しく交差した刀を引き戻す中、平間の両手は彩の一撃のあまりの重さにビリビリと痺れていた。
(こンの…馬鹿力め!) 平間は、自分を見下ろす彩の巨体を忌々しげに睨んだ。
(…いける!) 攻撃力の優位を確かめた彩は、今度こそ平間を追い詰めようと八双に大きく振りかぶった。
平間も負けじと、逆袈裟を狙う構えで対応する。
「うおぉっ!」 「おらぁっ!」 互いの刀が、高速で振り下ろされる。
が、次の瞬間。彩は驚愕した。実際に振り下ろされていたのは、彩の刀だけだった。
平間はというと、まだ左中段に構えままだった。
(外された!?) それがフェイントだったと理解した時、平間はもう動いていた。 溜めておいた左中段から、改めて逆袈裟に斬りつけたのだ。
「ぐぁっ!」 本来なら肩から腕が飛ぶ事もあるのだが、かなりの身長差もあって、平間の逆袈裟斬りは彩の右肘に当った。 叩き込まれた瘴気が、どす黒く溢れ出す。
負傷した彩が怯んだこの隙を平間は見逃さなかった。 続けざまに刀を反えすと、今度は彩の二の腕を斬り上げた。
「う…お…っ!」 右腕をやられ、彩は苦痛に顔を歪めた。
だが、ここぞとばかりに彩にダメージを与えておこうとした結果、平間は完全に彩の間合いに深入りしていた。
痛みを振り払うように、彩は当て損じた右袈裟斬りを下段右斬り上げに変えて放った。
「おぉぉっ!」 形勢有利に油断していた平間は、明らかに反応が遅れた。
平間は咄嗟に右手を柄から離し、左手一つで引き戻しつつ、大きく後方に飛び退いた。
彩の渾身の一撃は、平間の腹部から胸部そして顎にまで至るかすり傷を負わせた。
切り裂かれた着物の切れ端が、再びそよぎだした夜風にひらりと舞った。
「ちっ!デカブツがぁ…!」 平間が刀から手を離さなければ、間違いなく彼の右手首は飛んでいた。
平間は、顎の傷口から伝う皓氣を右手でぐいっと拭うと、刀を握り直した。
ひとまずは虎口を脱した彩だったが、まだまだ余談を許さない形勢である事を改めて肝に銘じていた。
一方、忠一は平山が左中段から横薙ぎを出す前に素早く踏み込み、槍の遠い間合いを活かして柄で小手を打った。
「ぐぬ…っ!?」 攻撃そのものを封じられた平山の間近に迫った忠一は、槍で刀の手元を押さえつけたまま、右足で平山の左横っ面に蹴りを入れた。
「くらえっ!」 「何ぃ…!?ぐわっ!?」 忠一の蹴りをまともに受けて吹っ飛んだ平山は、玉砂利をまき散らしながら地面に転がった。
「…べっ!餓鬼が…餓鬼が…糞餓鬼がぁっ!」 口内を切って出た黒い血反吐を吐き出し、平山は再び立ち上がる。
「おっしーい!鼻血ブーとはいかなかったか」 忠一は、戦いの流れを己に引き戻していた。
(おーっし!このまま一気にカタを着けるぜ!) だが、それも束の間。
(『あれ』をやるぞ、平間!) (おう!平山) 一瞬の目配せのあと、平山は不意に身をひるがえした。
「オイ、コラ!テメ、どこいきやがる!?」 と、同時に。彩に当っていた平間もまた身をひるがえす。
「これは…っ!?」 突然、背を向けられた忠一と彩は呆気に取られた。
(敵前逃亡…?いいえ。違う!) 彩の疑問の答えはすぐに示された。
脱兎の如く離脱した平山と平間は、跳ぶように走りながら交差し、互いの位置を入れ替えてきた。
「さぁ、続きだ!」 「続きだ!」 さっきとはうって変わって、忠一に平間、彩に平山が臨む形になった。
予想もしなかった相手の出方に、忠一も彩も動揺した。
「はぁ!?んだよ、こりゃあ!?」 「忠一さん!落ち着いてください!」 「こんなん、落ち着いてられっかっつーの!」 わけがわからず喚く忠一を平静に戻そうと、彩は敵の動きの正体を教えるべきだと判断した。
「おそらく、私たちのリズムを崩す戦法です!私たちの目が相手の動きになれてきた頃に、その相手を入れ替える事でペースを乱し…!」 「「行くぜぇ!」」 言い終わるいとまもなく、平山と平間が仕掛けて来た。
「来ます!」 「だー!コンチクショー!」 彩は頭を切り替えようと努め、忠一は混乱して切り替えきれないまま、戦いに戻らざるを得なくなった。
平山は彩の死角を突こうと、左脇に回りこんだ。 対して、彩は左足を軸に素早く体を半回転させ、平山を正面から迎え撃てる体制を取った。
先回りされた平山は、急遽飛び込むのを止め、間合いの外からさらに左側に回った。 彩も、さらに左に回転して正面を確保する。
今度の平山は、お構いなしに突っ込んできた。
「だりゃあぁーっ!」 平山は、袈裟斬り、左胴、右斬り上げを連続で繰り出す。
「おらぁ!そりゃあ!このっ!」 只の連撃ではなく、一撃一撃に当れば必殺の威力があった。
いくら体躯と腕力で勝っているのはいえ、彩もこれは心して受けなければならなかった。
正面からの攻撃では埒があらないと思ったのか、平山は一度間合いの外へ下がるとまた移動を開始した。
今度は
(…右っ!) 「おらぁっ!」 平山の下段右突きを、彩はやや上がり気味の左横薙ぎで払った。
かと思えば、平山はまた間合いの外に下がると、再び左から斬り込んできた。
「野郎ぉっ!」 逆袈裟の平山に対して、彩は左下段斬り上げで迎え撃った。
「おぉぉっ!」 やはり腕力に分がある彩の一撃で、平山の一撃は弾かれた。
左右に振られても遅れをとらない彩を前に、平山はまた戦局の膠着を予期した。
チラリと忠一と対峙している平間を見やれば、案の定、守りを固めて大技を使ってこない忠一を前に、平間は攻めあぐねていた。
(またやるぞ、平間!) (おう!平山!) 目配せと共に、平山と平間は脱兎の如く間合いを離脱した。
「くそっ!また…!」 しばらく対峙して打ち合わせたと思えば、こまめに相手を入れ替える。
やっと優位に立てたと思えば、対戦相手が替わる度に戦況の流れを変えられてしまう。
ピタリと息の合ったその緩急自在な動きに、忠一と彩は翻弄された。
「ド畜生がっ!」 苛立った忠一が、思わず毒づく。
どんなに動き回ろうと、平山も平間も決して陣形を崩さない。
初戦では栄治をも追い込んだ、平山と平間の絶妙なコンビネーションだった。
「ちっきしょー…!チョコマカチョコマカ動き回りやがって…!」 獲物を捕まえられない猟犬のように、忠一はもどかしさに歯軋りしたかった。
「このままでは持久戦になります。こっちが不利です!」 いつの間にか、背中合わせに追い詰められていた彩が警告する。
ペースを乱されっぱなしの二人は、いつもより余計に疲労を感じ始めていた。
「だー!どーすりゃいーんだよ!コンチクショー!」 堪らず叫んだ忠一に、彩はふと考える素振りを見せたのち、こう切り出した。
「私に、考えがありますです。ただし…」 「『ただし』?」 「そう長くは保ちません。一回で決めますよ?」 出口の見えない戦いのトンネルに、彩が見出した一つの光明。
それに賭けてくれるかどうかを真剣に問いかける彩に、忠一はごく自然に答えていた。
「…へっ!上等!」 「やってやろうじゃないか」という挑戦的な心情に、忠一は言いようのない高揚感を覚えた。
もし失敗すれば、敗北という名の死が待っている。もし成功すれば、逆転劇という名の勝利を引き起こせる。 ヒリヒリするような快感を含んだ緊張感だった。
この戦局を必ず制する。 そう決意した二人は、どちらからともなく動き出していた。
「行きます!忠一さん!」 「おっしゃあっ!」